その花言葉は、”無実のための犠牲”。
サガの乱、当日。アイオロスは無実の罪を着せられ、彼を慕っていたシュラが刺客として放たれる。
育ての親たる師を失ったムウは仇討ちのためにサガに挑み、返り討ち。アイオリアはやがて兄の訃報を聞くことになる。
多くの悲劇をアフロディーテ視点で。
アネモネは色んな花言葉があるので、そのうち別バージョンも書いてみたいです。
ちょうど、女神アフロディーテの伝説があるお花ですし♪
“嫉妬のための無実の犠牲”。
今年、育てたアネモネの中から一本、紫色を手折って一輪挿しに挿す。
自宮の脇に広がる、薔薇園に置いた木製の白いテーブルの上に置き、同じ素材の椅子に腰を下ろした。
見上げれば、冷たい月が青く光っていた。
(まさか……)
神の化身とも言われた方が、嫉妬に狂ってこんな愚行に走るとは思ってもみなかった。
誰もが次の教皇は、あの方と思っていたのに実際に選ばれたのは、射手座のアイオロス。
彼もまたあの方に次ぐ実力者であり、人望もあったのだから選ばれてもおかしくはなかった。
次世代の教皇はあの方とそのアイオロス自体も思っていたようで、補佐は任せろとまで口にしていた。本人もその気でいたに違いない。
だから、今回のシオン様のご判断に対するショックは誰より大きかったのだと想像はつく。
あの人は責任感の強いお方。
自分がこの聖域を支えてゆかねばならないのだと常日頃から考えておられたに違いない。
人々を導き守る。
きっと、それこそを存在意義としていたのだろう。
希望を断ち折られて今回の凶行に出たのだ。
選ばれた者に対する、選ばれなかった者の嫉妬は、数々の悲劇を生む。
ご光臨されたアテナの殺害……その罪を着せられたアイオロスが逃亡し、追っ手としてシュラが差し向けられた。
だが……
いくら我々の中で年長者だとしてもまだシュラはわずか10歳だ。
説得されてアイオロスについて行ってしまうのではないか?
元々、シュラはアイオロスに懐いていたのだ。
いや、説得されずと最初からついていくつもりであった可能性も否定できない。
本来、デスマスクがいくハズだったところをシュラが買って出た。
ぜひ、その役目は自分に、と。
もし……
もし、彼がアイオロスについていったなら……
次、我々はアイオロスとシュラの二人を葬らなくてはならない。
(……帰って来い、シュラ……)
逆にシュラがアイオロスを討ち取ったなら……シュラは心に一生の傷を追う。
きっとシュラに殺されるアイオロスは、シュラに反撃をしない……いや、できないはずだ。
つい昨日まで可愛がってきた、10歳の少年を返り討ちしてしまうような心の強さを、アイオロスは持っていない。
そこが長所であり、致命的な弱点でもあった優しい男。
(でも……今度はアテナを守るという大儀がある)
彼は本物のアテナである赤子を抱いて逃げた。
あの方から護る為に。
そのアテナを護る真の聖闘士なれば、シュラをも手にかけるかも……
そして最後の可能性。
それは、シュラが見逃し、アイオロスは逃亡。
二人が生きて残る。
しかし手ぶらで帰ることをあの方が赦すとはとても思えない。
(シュラを……粛清する? そんなことは……あるまいな。手足となる者をみすみす手放すわけがない。最悪、私とデスマスクが護ってみせる)
どちらにせよ、アイオロスはもうダメだ。
例えどんな形でシュラがしくじったとしても、彼の命が尽きるまで刺客は放たれ続ける。
だってあの方はもう、後には引けなくなってしまったのだから。
アネモネの花の言葉のように、「嫉妬のための無実の犠牲」としてアイオロスは命を落す。
「可哀想なのは、遺される弟だな……まだ七つだ。それに……」
それに、育ての親たるシオン様を亡くしたムウもまだ七つ。
アイオロスを慕っていたシュラや暗殺されたシオン様共々、彼らも「嫉妬のための無実の犠牲」といえよう。
(大変な悲劇を生み出したものだね、サガ……)
アイオロスと入れ違いに先ほど、ムウが教皇の間に攻め入った。
いくら素顔をさらさないとはいえ、親子同然だったムウを誤魔化しきれるものでもない。
シオン様を返せとあの方に無謀な戦いを挑んだムウは、当然、返り討ちにされて血溜まりの中、無残に転がった。
髪が黒く変化したあの方にトドメを刺される前にと私が瀕死の状態でも立ち上がろうとするムウをロイヤルデモンローズで眠らせ、デスマスクが積尸気冥界波と偽ったテレキネシスで遠くに吹っ飛ばした。
(……あのケガで……生きているといいが……無理かもしれないな)
今後のことを考えれば、憂いは断つべきだったが…………私たちとて……
「いや。まだ懲りずに手向かいするようなら、次は殺るしかない」
私とデスマスクは、他の黄金聖闘士たちとは少々毛色が違う。
彼らの手はまだキレイだが、私たちは最初から下衆ヤロウだ。
下の下を這い回って生きてきた、ドブネズミ。
「殺す」と口にしたら、殺すのだ。
そこに情など挟み込む余地などない。
例えアイオロスであっても、幼子のムウを殺るよりよほどやりやすい。
アイオロスの情に訴えかけて、無傷で勝利を収めることだって我々には可能だ。
ムウを逃がしたのは、むろん、情からだが、私たちに初めから殺意がなかっただけだ。
ゆえにあの方はデスマスクに命じた。
だが、それを押しのけ、敢えて進み出た甘ちゃんのシュラはどうだろう。
全ての歯車が狂ってゆく。
取り返しのつかない方へと。
悲鳴のような軋みをあげながら。
「シュラ……帰って来い。私とデッちゃんのところに」
“嫉妬のための犠牲”になるな、キミだけは。
テーブルに飾った一輪の紫のアネモネに視線を落す。
嫉妬のための犠牲という花言葉に対抗しうるのは、この紫のアネモネの花言葉だ。
「“信じて待つ”」
キミが帰るまで、私はこうして待っていよう。
そして傷ついたキミを抱きしめてあげる。
泣かないキミのために大声で泣いてあげる。
そして涙が乾いたなら、私たちの知る「真実」を「事実」と塗り替えていこう。
確かにあの方は道を誤った。
しかしその過ちは、誰もが心に秘める愛しき同居人。
人である限り、その感情から逃れることは出来ない。
今は荒れ狂うあの方も、落ち着けばこの地に秩序をもたらす。
本当は、誰より平和を愛する“正義の味方”なのだから。
アネモネの花言葉:儚い希望、消えた希望、見放される、嫉妬のための無実の犠牲、真実
アネモネ(紫):あなたを信じて待つ