聖戦が終わって、地上に再び平和が訪れて。
「やったぁ! 星矢たちとムウ様が勝ったんだっ♪」
けれどいくら待ってもムウ様は、おいらのところに帰ってきては下さらなかった。
嘆きの壁を破壊するために他の黄金聖闘士たちと共に消滅したんだって、聞かされた。
ヒドイや。
必ず帰ってくるって約束したのに!
信じるもんか。
ムウ様がもういないなんて……
信じるもんか!
だから、おいらはムウ様のお墓なんか作らない。
聖域に勝手にお墓作られちゃったけど、そこにムウ様は入ってないんだから意味ないやい。
ムウ様はそのうちひょっこり帰ってきて、おいらたちと一緒にまた暮らすんだ。
だから……おいら、もう泣かないよ。
だって、独りじゃないから。
「ム、ムウ様! いかにムウ様でもあの富士の地底から八人もテレポティションさせるなんて、お体に障りますよォ! ましてや暗黒四天王までお救いにならなくても……」
後に女神として聖域に君臨する沙織さんが企画した、ギャラクシアンウォーズで優勝者に与えられることになっていた射手座の黄金聖衣が一輝率いる暗黒聖闘士に持ち去られた。
星矢たち4人の青銅聖闘士がそれを追い、富士の地底で死闘が繰り広げられたんだ。
辛くも勝利した星矢たちだったんだけど、偽教皇サガのヤツが沙織さんや星矢たちを抹殺しようと送り込んだ白銀聖闘士たちの攻撃で富士の地底が崩れだした。
ムウ様は彼らを助けるために二度に分けて、八人もの人間を瞬間移動でお助けになったんだ。
言っておくけど、これって大変なことなんだからな。
聖闘士随一の超能力者であるムウ様だからこそ出来た芸当なんだ。
でもそんな無茶をしたら、ムウ様のお身体の方が……
なんでそんな無理をしてまで暗黒聖闘士なんて悪いヤツラ、助けるのかって不満を言ったら、ムウ様は「彼らをあんな所で死なすにはまだ惜しい」とおっしゃった。
テレポティションに乗ってこなかった一輝のことも案じて「なんとか無事であってくれればよいが」とも呟いていらした。
……ムウ様は、そんなお優しい人なんだ。
初めに脱出させた4人は、暗黒四天王と呼ばれる暗黒聖闘士の幹部。
ヒットマンとして送り込まれた白銀聖闘士らは、彼らを星矢たちと思って追撃した。
せっかくムウ様が逃がしたのに、暗黒四天王はヤツラに息の根を止められてしまった。
……と思ったんだけど。
「ムウ、おかわりー!」
「俺もっ」
「あっ!? 何おいらのエビフライ食ってんだよ、この居候ッ!!」
「うるせーな。いっぱい食えって言われたから、いっぱい食ってんの!」
星矢たちを救うために、先に捕まった暗黒四天王を星矢、紫龍、氷河、瞬に見せかけた幻術をかけ、白銀たちに殺させる。
けれどそれすらも実は、ムウ様が二重にかけていた幻術だったのさ。
さっすがムウ様っ♪ 白銀なんか目じゃないねっ!
おかげでムウ様、顔色がもう真っ青……を通り越して、疲労のために土色みたいになっちゃってたけど。
……で。
瀕死の暗黒四天王をこのジャミールのムウの館に連れ帰って手当てして、このわちゃわちゃした食卓。
ムウ様と二人きりの静かなご飯時が恋しいよ、まったく。
コイツラ飯食いすぎっ! おかずの取り合いバトルになっちゃうんだから、もうっ!
Bドラゴンの双子のお兄ちゃんは、残念だけどもう完全に事切れていたから最初のテレポートのときに連れ出すことはできなかったって。
「ドラゴン、貴方もしっかり食事は摂りなさいね」
「……はい。ありがとう……ございます……」
居候のクセに元気なBペガサスとBアンドロメダと違って、Bドラゴンはやっぱり沈んじゃってて……だから、ムウ様がことさら気遣ってた。
「ムウよ。一輝様はどうなったのだ? 一輝様はテレポートさせてくれなかったのか!?」
助けてもらって手当てまで受けてるクセして、Bスワンがムウ様を責めるように言った。
「一輝はこちらのテレポートに乗ってきませんでしたが、生きています。貴方たちが身体を治してから会いにお行きなさい」
けれどムウ様はお気持ちを害した様子もなく、緩やかに微笑んで食事を勧めるんだ。
……コイツラさえいなければ、おいらのエビフライが減ることなかったのにぃ。
むむーんっ。早く元気になって一輝のトコでもどこでも行っちまえ!!
■□■
沙織さんが聖域に乗り込んできて、胸に矢を受けてあと12時間の命という危機を迎える。
星矢たちは12時間以内に黄金聖闘士が守護する十二宮を突破して沙織さんを救わねばならない!
そんなとき、牡羊座の黄金聖闘士だったムウ様は超久々に黄金聖衣装着!
カァッコイーイ!!
「えー、ナニソレ、ナニソレ?! もしかして黄金聖衣!? ムウって聖闘士だったの!? スッゲーッ!!」
後に通称・サガの乱とされるこの戦いに赴くため(実際にはムウ様は戦わないんだけどさ)、聖衣を装着したムウ様にペガサスが目を輝かせて食いついてきた。
「ただの彫刻家だと思ってた」
と、無礼なアンドロメダ。
ただの彫刻家がお前らをテレポートできるか、このバカチンッ!!
「肩凝りそうだな」
どうでもいい感想を言っているドラゴン。
「戦うなら、俺も行くぞ、ムウ!」
なんだかハリキッてるスワン。
「よしっ! 俺もだ!!」
「俺もっ!!」
「ムウに鍛え直してもらったこの力を見せてやろう」
「おーっ!」
ちょ……!?
待て待て、お前ら!
自分たちが暗黒聖闘士だって忘れてないか!?
ムウ様がお前ら連れて行ったら、まるで暗黒聖闘士のドンにムウ様がなっちゃったみたいじゃないかぁ~!!
「おいらは一緒に行くけど、お前らはダメーッ!!」
「なんだと!?」
「何だとじゃないっ! 兄弟子の言うことは絶対なんだぞ、言うこと聞けぇーっ☆」
だいぶ元気になった彼らは、ムウ様に改めて稽古をつけてもらっていた。
つまり? すなわち?
おいらの弟弟子ってワ・ケ♪ ふっふーん。
「ふふっ。そうですね。貴方たちにはここの留守をお願いします」
ムウ様はそう言って、彼らを黙らせた。
十二宮の闘いは、黒幕サガの自決で幕を下ろす。
ここに改めて女神アテナが聖域に光臨したことになる。
沙織さんが本物のアテナで、そのお手伝いを出来たことはおいらにとって鼻高々!
でもムウ様はちょっと浮かない顔。
どうしたのかなって思っていたら、ムウ様……黒幕がサガで胸中複雑だったんだよね。
ムウ様がおいらよりちょっと小さいときに、サガが教皇を暗殺して成り代わっていたんだけど、その教皇っていうのがなんとおいらにとってのムウ様!
つまりムウ様のお師匠だったんだ。
親のように慕っていたお師匠様が殺されて、独りぼっちになってしまったムウ様。
……お可哀想。
おいら、ムウ様がもし殺されちゃったら……想像するだけで涙が出てきちゃうよ。
それもサガってヤツはさ。
元は正義感溢れる優しい人だったらしい。
で、ムウ様はずっと憧れていたんだって。
だから……
結果的に憧れの人が自分のお師匠の仇だったことを知っちゃって……
「大丈夫ですよ、貴鬼。遠い遠い、昔の話です。今はお前やあの子たちがいてくれるから、私は幸せなのです。だから、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。……ありがとう、優しい優しい私の貴鬼」
そう言って、ムウ様ははおいらを抱き上げ、頬にキスしてくれた。
えへへ……おいらは嬉しくなって、ムウ様に抱きついた。
■□■
続くアスガルドでの死闘、海皇軍との聖戦。
暗黒四天王たちは毎回、一輝の加勢に駆けつけようと大騒ぎ。
けどムウ様はお許しにならなかった。
「ハッキリ申し上げますと今の貴方がたでは、加勢どころか足手まといになってしまいます」
「そんな……俺たちはアンタの言うとおりに鍛えたし、以前よりずっと強くなった実感がある!!」
おいらもちょっと厳しいかなって思った。
だって、本当にコイツラ、強くなったと思うから。
コイツラが味方してくれれば、星矢たちだってもっと楽できるじゃん!
だから今回ばかりはと暗黒四天王に味方してやった。
「ムウ様、お願いだよ。コイツラも参戦させてやっておくれよ」
「……いけません。一輝たちは黄金聖闘士と戦い、アスガルド戦を経て実戦の中で大きく成長しています。それに聖衣にも黄金の血が宿っている。いわば、黄金聖衣に限りなく近い青銅聖衣。もはや強度は暗黒聖衣の比ではない。本当に彼らの力になりたいというのであれば、貴方たちはもっともっと実力をつける必要があるのです」
「しっ、しかし……!」
「一輝は大丈夫です。信じなさい」
今回もムウ様は彼らを黙らせた。
「一輝はすぐに姿をくらますから、なかなか伝えられずにいましたが貴方たちを保護していることを伝えれば、喜んで駆けつけてくれるでしょう。再会するまでに強くなって元気な姿を見せておやりなさい」
厳しく咎め、それでいて最後には思いやりの言葉をかけてムウ様は彼らの頭に手をおいた。
後からムウ様にこっそり教えてもらったことだけど……
ムウ様がなんだかんだと理由をつけて彼らを押し留めたのは、本当は、暗黒聖闘士である彼らの生存が周囲に知れれば、ムウ様が聖闘士として彼らを討たねばならなくなるからだった。
ムウ様が拒んでも、他の聖闘士が彼らを粛清にやってくる。
だからほとぼりが醒めるまでは、ジャミールの外に出すわけにはいかなかったんだって。
彼らにはここでの安穏とした生活を覚えてもらって、やがては戦いを棄て、普通の暮らしを営んでいって欲しいと願っておいでだったんだ。
おいらにも聖闘士にならなくても良いと言ってくれた。
私と一緒にのらりくらりと暮らすのもいいではありませんかって。
でもおいらはどうしてもムウ様の跡継ぎになりたかったんだ。
だから、そのお誘いは魅力的だったけど、辞退させてもらった。
ムウ様……
おいらの優しいムウ様。
大好きなムウ様。
おいらもいつか、ムウ様みたいな大人になりたい。
そして……
冥王との聖戦を終え、今。
ジャミールに戻ったおいらは、事の次第を彼らに告げた。
まずペガサスが話の途中でわっと泣き出し、おいらも……泣かないって決めていたのに、もらい泣きをしてしまった。
あくまでもらい泣きであって、おいらが先に泣いたわけじゃないんだからなっ!
アンドロメダも膝から崩れて床に伏せて泣きだした。
ドラゴンは拳を握り締めて、うつむいた。
身体が震えていたから、やっぱり、泣いていたんじゃないかと思う。
それで最後にスワンが言った。
「……それで? 次のアリエスはお前がなるんだろ?」
「ぐす……え、う、うんっ」
鼻をすすっておいらが答えると、みんなが一斉においらを取り囲んだ。
「他のヤツに聖衣を渡すな、貴鬼!」
「俺たちが……いくらでも修行の相手になってやるからなっ!!」
「がんばれ、貴鬼!!」
「貴鬼、負けるな!!」
彼らはもう、一輝のところに戻るとは口にしなくなった。
代わりにアリエスを取得したいおいらのため、四人で修行に付き合ってくれた。
だから。
ムウ様がいなくなっても。
おいらは独りきりにはならなかった。
きっとムウ様がおいらに遺してくれたんだ、この四人の仲間を。
当時7つだったムウ様が乗り越えてきた険しい道を、おいらもこれから進む。
「おいら、泣かないよ。絶対、アリエスの聖衣、引き継ぐんだから」
涙を拭いて、鼻水をかんで、顔を上げた。
ムウ様の墓標は、この貴鬼自身。
優しくて強くて気高いムウ様の生きた証はいつもこの胸に……