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星の墓場

星矢再熱。腐です。逃げて! もはや脳内病気の残念賞。お友達募集中(∀`*ゞ)エヘヘ

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オペラ座の怪人:3

 さて。
 実の兄に愛想をつかされた俺は、何度も溺れかけて生死を彷徨うハメになる。
 脱出するつもりで砕いた壁の向こうで見つけたのは、海皇のトライデントと神を封じた禁断の壺。
 悪事を好むこの俺が手をつけないわけがない。
 眠れる海皇ポセイドンを揺り起こし、海将軍の一人と偽り海界での地位を手に入れた。

「やったぞ! 俺は自由だッ!!」

 海が天井として広がる海底神殿の真ん中で叫んだ。
 ……が、しかし。

「………………誰もいねーし……」

 声が反響しても、人っ子一人出てきやしない。
 そもそも気配すらまったく感じられない。
 試しにあちこち歩き回ってみたが、人間どころか生物の影も見当たらない。
 岩に付着した珊瑚が生き物といえばそうなのかもしれないが……
 そして天を仰げば、魚の群が遊泳しているわけだ、が。



「……オイオイ。マジか」

 最高神ゼウスの兄にして冥王ハーデスの弟神。
オリンポス十二神の中でも上位に位置する海皇ポセイドンの軍勢は、神話の時代から途切れることなく独特の文化を築き、聖闘士を養育している戦神アテナの聖域とはシステム自体が異なっていた。
海皇率いる軍勢は、海皇の目覚めと共にどこからともなく集結してくる。
聖闘士たちが厳しい鍛錬を積み、限られた聖衣を巡って争い、勝ち抜いてようやく聖闘士の資格を有するのに対し、海闘士はどうやら初めから決まっているらしい。
仕えるべき神が目覚めれば、それに呼応して覚醒する。
故にここにはまだ誰もいない、というワケだ。
それらの知識はもう少し後で得たことであり、来たばかりの俺はただ愕然と両膝をついた。
 だってそりゃそうだろう?
 自由になったっていっても、海龍の鱗衣を手に入れたといっても、誰もいないのでは話にならん。
 結局、また独りきりではないか。
 冗談じゃないぞ!
 そこでふと俺は考えた。
 ……いいのがいるじゃないか、と。

「チビだ……! チビを連れて来よう」

 ミロは齢、6歳にしてすでに黄金聖闘士というバケモノの一人。
 アレを連れてきて鱗衣を与えれば、1から鍛えなくても才能があるヤツを探し出さなくてもお手軽に一人、部下ができるというワケだ。
 部下ったって、まだ数年待たなければ使い物にはならないが、結局のところ、俺はアレを所有していたいだけだった。
 せっかく抜け出したのにこんなだだっ広いところで独りきりなんて嫌だ。
 あのコロンとした生き物がいれば、構って楽しくやっていける。
 今度こそ、サガの手をかいくぐってチビをつれ出そう。
 次は成功する。
 何故なら俺は死んだ身。
 まさか死人がさらいに来ようとは夢にも思うまい。



■□■



 結論として、誘拐は成功した。
サガの姿で堂々と侵入し、眠るチビを小脇に抱えて海界へ。
やった。
やったぞ。
これで俺は独りではない。
まんまるっちくて、ふにふにしていて、温かい生き物を抱きこんで、その夜は硬く冷たい床に転がって眠った。
けれど満ち足りた気分はほんの束の間。
6歳児は慣れた住処から離れると1日しか持たない。
いや、知った顔がないと、の間違いか?

「俺……もぉ帰りたい……」
「……ダメだ」

 初日は海界の天井を見て感激し、空を遊泳する魚の群を見て興奮していたチビスケ。
 この俺……ファントムとの再会も手放しで喜んでくれた。
 飛びついて頬をすりつけて、チューまでしてくれたのに。
 翌日になると帰りたいとかナメたことを言い出した。
 石の床に短い両足を投げ出して、指を咥えている。

「なんで?」
「鏡の世界に来たら、現実の世界には戻れないんだ」

 俺は海界を鏡の中だと偽っていた。
 簡単に信じた幼児だったが、元の世界に戻れないという嘘には引っ掛からない。

「嘘だっ! ファントムいつも出たり入ったりしてたっ!!」
「うぐ。な、なんでそんなに帰りたいのだ? ここにいればお前の嫌いな勉強もしなくていいし、辛い修行もしなくていい。時間も気にせずいつまでも遊んでいられる。夜遅くまで起きていても叱られない。それに、それに……」

 矢継ぎ早にここにいた方がいい理由を並べ立てた。
 傍から見たらさぞやみっともなかったことだろう。
 幼児のゴキゲンを必死こいて取ろうとする姿なんて。

「だって…………カミュと遊びたい……」

 ……カミュ!?
 なんだ、その伏兵!
 サガだけじゃなかったのか、敵はっ!!
 素早く俺は計算した。
 カミュもさらって連れてくるか?
 あの、ミロとは対照的に歳に見合わぬ理論武装(ただの屁理屈ともいう)した幼児を?
 しかし待て。
 そうすると俺を無視して二人で遊び始めるのでは?!
 そんなのは……

「そんなのはダメだ、ミロ! ……お前は俺が好きだろう? 俺と遊んでいればいいではないか」
「二人だけじゃつまんない」

 チビは爪をかじりながら俯いた。

「つ、つまんない!? 贅沢だな、俺なんかずっと独りだったんだぞ。それに比べりゃ倍だぞ、倍!」
「アイオリアもいない……デッちんもサガも……」

おい、オマエ、好きなモン多過ぎだぞ、この浮気モノ。

「ヤダよ、帰りたいよぅ。ファントム、あっちで遊ぼう?」
「ワガママ言うな。向こうに行くと俺とは会えないんだぞ?」
「……う……でも……」

 じわりとたちまちでっかい目に涙が浮いた。
 う~、くっそぅ。
 なんて扱い辛いんだ、幼児!
 さっきまで楽しそうにしていたかと思うと、ちょっとしたことですぐグズッて泣く。
 泣いたら泣いたで疲れて寝るし!
 どうしてこう本能だけで行動するんだ、まったく。
 もっと理性を働かせろ、理性を。
 頭ワルイぞ、幼児!

「でもじゃない。カミュもアイオリアもその他大勢も全部、諦めろ。俺一人いれば十分だっ! ……お前は返さない」

 しくしくと泣き出したミロを抱き上げ、その頭に自分の頬を乗せる。
 ミロが友人のカミュやアイオリアを欲するよりもよほど俺のほうが切実なのだ。
 どうしてそれを解ってくれない?!

「お前には帰る所があっても、俺にはない」
「……どうして? ここがおうちじゃないのか?」
「違う。お前がいてくれるなら、ここは家になるが、いてくれないなら、ここは家じゃない」
「……?」

 明確に家族が欲しいとか友達が欲しいとかそんな風には思い至っていなかった。
 ただ、独りは嫌だった。
 俺を知り、俺を呼ぶ存在が必要だったのだ。
 自分でもハッキリとつかめない俺の理屈が通じたのかどうなのか。
 ミロは鼻をすすって自ら涙をふき取ると、俺の頬や頭をなで始めた。
 髪はかき混ぜられてボサボサになってしまったが、気持ちが良かったのでそのままじっとされるがままになっていた。

「ファントムは友達がいないのだな」
「……オマエ、かなり無礼だな」
「俺……うーん……うーん……カミュ…………うーん……サガ……」

 たっぷり時間をかけて悩んだ挙句、ミロはここに留まることを承諾してくれた。

「このミロがいてやるから、泣いてはダメだぞ」
「……おい……べそかいてたの、オマエじゃなかったっけか?」

 額にキスを受けながら、俺は苦く笑った。
 願いが叶い、共に暮らす誰にも制限を受けない日々。
 俺は満足だったが、ミロは日が経つにつれ笑顔が失われていった。
 ぼんやりと天井を見上げる時間が多くなり、呼べば笑顔で振り返るがそれもすぐに曇ってしまう。
 血のつながりがないとはいえ、十二宮の住人はチビにとって家族そのものだ。
 引き離されて寂しいのだろうが、俺は気づかないフリでやり過ごした。
 望郷の欲求に耐えて俺を気遣う健気な様子にチリチリと心が焦げるような痛みを感じる。
 だが返すものか。
 返したら、何もなくなってしまう。
 大丈夫だ。
 時間が解決してくれる。
 まだほんの小さい子供なのだから、時間が経てば地上のことなど忘れて、最初から俺と家族だったと思うようになる。
 それまでの辛抱だ。



■□■



「オエェッ」

 ある晩、あまり食事に手をつけないミロになんとか食わせようとしたら、吐かれた。
 顔が真っ赤で身体が熱い。
 そういえば昼間もやけにフニャフニャしていると思ったが、具合が悪いとは気がつかなかった。
 あわてて寝台に横たわらせ、額に濡れた布を置く。

「……苦しい」
「しっかりしろ。すぐによくなる」
「……うん」

 聖域の十二神殿と同じく、ここにも海闘士の頂点たる七将軍にも守護すべきものがある。
それが七つの海を支える柱の存在だ。
海龍が守護すべきは北大西洋の柱で、その側には守護者のための居住区があり、俺たちはそこで生活していた。
 海皇の結界に守られたこの世界は、常に温度が一定で空気も清浄。
天井から上の海がいかに荒れていようと、中は天候に左右されることもない。
ほとんど時間が止まっているようなこの空間では、何百年も前に置かれたままの生活用品がまだ使用できた。
もちろんプラスチック類などは存在せず、時代遅れの物しかないが、そもそも聖域自体が時間に取り残された原始的な場所であったから、そこまで不便は感じない。
一番助かったのは、寝台のシーツや毛布もそのまま使うことができたことだ。
最初は床で寝ていたが、何とか使えないかと神殿内を調べたところ、大抵の物が問題ないとわかった。
たぶん、本当に時間が止まっていたのだろうと思う。
海皇の眠りと共に。

(今は時間が流れているのか? また浅い眠りについたとはいえ、一度起こしてしまったからな。器が16になるとき、再び海皇は目覚める。そのときのための準備が見えないところで始まっているはずだ)

 ミロがようやく眠りについたところで薬を探しに部屋を出た。
 棚やら引き出しを引っ繰り返してようやく見つけた治療箱だったが、どれがどの症状に効くものかさっぱり見当がつかない。

「……つーかあれが風邪なのかなんなのかもよくわかんねーしな……」

 下手なものを飲ませて悪化したら元も子もない。
 やはり安静にさせておく以外にないか。
 うなされる声に呼び戻されて部屋に戻り、差し伸べられた小さな手を取る。

「どうした? ミロ?」
「……サガ……苦しい……苦しいよ」

 …………サガ……か。
 結局、助けを求めるのは俺ではなく、サガ。
 サガ、サガ、サガ!
 内に膨れ上がった憎しみをどうにか押し込め、俺は憎き兄の声色を真似る。

「大丈夫だ、ここにいる」

 指先に口付けてやれば、悪夢から抜け出したのか微かな笑みを浮かべてミロはまた虚ろな目を閉じた。
 子供はよく突発的な熱を出すと兄がよく口にしていたが、誰かの面倒を見ることもなかった俺には対処法がまるでわからない。
 やはり医者に連れて行くべきか。
 医者といったら、聖域内の医療技術を持つ兵士のところしか思い当たらないがするとミロを帰すことになってしまう。
 すでにミロが行方不明になったと騒いでいる頃だろう。
 いくらサガに化けたとしても、内密に治療して内密にまた引き渡してくれるとは思えない。

(一度手放してしまったら、もう……)

 それに俺の生存をサガに知られるのは面白くない。
 今度こそ、息の根を止めに来るかもしれないのだ、あの狂気の男は。

「……悪いな、ミロ。お前を医者に連れて行くことはできそうにない」

 大丈夫。
 きっと治るさ。
 聖闘士だろう?
 そんなにヤワじゃないよな?
 ……6歳児だが……
 何日も熱は下がらず、体力のない小さな体は目に見えて衰弱していく。
 まさかこのまま死ぬなんてことはあるまいな?
 不安に揺さぶられ、医者に連れて行くべきか問答を繰り返す。

「……やはりこのままではマズイ。何も聖域の医者じゃなくても構わないではないか」

 すでに水すら受け付けなくなって、吐き戻すミロの容態に俺は決断した。
 海龍と認められた時点で海界と地上を行き来できる能力を手に入れた俺は幼い身体を抱いて、久方ぶりの大地を踏みしめる。
 街中に入るとまずは体格の合う男を探して路地に連れ込み、衣服と金を頂戴した。
 長く伸ばしっぱなしの髪を束ねて帽子に押し込み、念のための変装をして町医者のところへ飛び込んだ。

「頼む! 急患だ! 診てくれ!!」

 医院は生憎の休みだったが、診療所とつながっている自宅のドアを叩き続けたら中から老人が迷惑そうな顔を覗かせた。
 老人はミロの土色に近くなった顔色を確認するとすぐに俺の手から取り上げる。

「あっ!? 何をする!?」

 奪われると思った俺が咄嗟に腕を伸ばすと雷のように脳天から爪先までを貫く怒声を浴びせられた。

「バカモノ! こんなになるまでどうして連れて来なかった!?」
「それは……その……」

 老人は鼻白んだ俺の言い分けも聞かず、診療所へ走る。
 俺もついていったが、いつからこんな状態なのかなどを尋ねられたあと、すぐに待合室の方に追いやられた。

(医者に怒鳴られるほど、危険な状態だったのか?)

 まさかもう手遅れなんてことは……?
 なんてことだ。
 あんなにバカみたいにはしゃいで駆け回っていたのに。
 あんなに元気だったじゃないか。
 ああ、だけど小さかった。
 すごくすごく小さかったのだ、あの生き物は。
 温かくて柔らかくて、ちょっとしたことでも壊れてしまいそうだと自分でも思っていたじゃないか。
 少しでも気を紛らわそうと待っている間、椅子に座って一定のリズムで足先で床を打ち鳴らしたり、立ち上がって狭い待合室をうろついたりした。
 おそらく容態を診て注射を打つ……その程度の治療だったのだろうが、妙に長く感じられた。
 ……いや? 感じられたのではない。
 実際に長いだろう。
 室内の掛け時計に目をやるとすでに30分は経過している。

「おいっ! どうなんだ、ミロの具合は!? 大丈夫なんだろうな? もしものことがあれば貴様、命はないものと……ベッ!?」

 診療所のドアを蹴り開けると顔面にスリッパが飛んできた。

「……やっぱり、この子が“ミロ”ちゃんか」
「…………ナニ?」

 医者の言葉に動きを止められた俺の耳に弱々しい声が届く。

「……サガ……サガどこ?」
「すぐ来るよ。安心をし」

 俺から鋭い視線を外した白ヒゲの老人は、優しげな眼差しになってミロの金髪をなでつける。

「よく注射を我慢できたね、偉い偉い」
「治療は済んだんだな!? 連れて帰る!!」

 この医者、聖闘士関係者だったか! チクショウ、そうと知っていれば絶対に来なかった!
 別にだまされたわけではないのに俺は恨みがましい気持ちになって、寝台に乗せられているミロに近づく。
 行く手を阻もうとする医者を突き飛ばした刹那、ドアの向こうに見知った気配を感じて思わず窓から飛び出した。

「ご連絡ありがとうございます!」

 ……サガだ。
 ちくしょう! あのクソジジィ……サガに電話していやがったのか! どうりで遅いと思ったら……時間稼ぎだったとは!

「お怪我は!?」
「大丈夫だ。それより誘拐犯に逃げられてしまった」
「いえ。貴方とミロが無事ならそれで……」

 そんな会話をしながら、サガは俺が開け放った窓から外を覗いた。
 相手がサガではのん気にその場に留まってはいられない。
 俺はやむなくミロを置いて逃走するより他、なかった。
 悔しくて悔しくて胸が張り裂けそうになりながら、町を駆け抜ける。
 観光客が驚き叫ぶ声を無視して、崖から海へと身を躍らせた。
 苦しいときに無意識にアイツが呼んだのは、俺ではなくサガだった。
 死ぬかもしれないアイツを助けてやれるのは、医者だった。
 俺には何もできない、何もない。何の力もない。
 ただ、破壊するだけの能力しか持ち合わせていないのだ。

(だが見ていろ。その破壊の力をもって、俺は……!)

 海の軍勢を作り上げて、地上を支配してやる!
 半覚醒のまま海皇の力だけを利用し、俺は世界の支配者となる!
 そのときには全ての力が手に入るのだ。
 生殺与奪の権利さえも我が物となる。
 だからそれまで、海は俺の帰る場所と決めた。
 俺は海に帰る。
 まだ誰もいない、一人きりの海界へ俺は降りていった。






 …………翌年。
 兄サガは、聖域から姿を消し、兄のライバルと目されていた射手座のアイオロスが逆賊として誅殺された。
 後に言う、[サガの乱]の幕開けである。



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