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星の墓場

星矢再熱。腐です。逃げて! もはや脳内病気の残念賞。お友達募集中(∀`*ゞ)エヘヘ

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オペラ座の怪人:4

2,
 俺が海龍となった翌年、サガが行方知れずとなった。
 アテナ軍の動向を探るために足を踏み入れた聖域で得た情報だった。
 次いで射手座の黄金聖闘士アイオロスが反逆罪で誅殺されるという大事件が起こり、聖域は混乱の渦中にあった。
 何だかおかしい。
 不自然だ。
 教皇に選出されたアイオロスがわざわざ反旗を翻す?
 危険を冒して十二宮を登り、教皇の間を覗いてみれば案の定……
 仮面で顔を隠していようが、俺にはわかる。
 あれは教皇シオンではない。
 サガだ。
 サガが成り代わっている。
 周囲を固めるのは、訳知り顔の山羊座、蟹座、魚座の三人。

(なんだ。二人で聖域を支配しようと持ちかけたのを一蹴したクセに、結局、自分でやらかしてるんじゃねーか)



 教皇の間には兄を含めて4人の黄金。
 まだ幼いとはいえ、あの三人は油断ならない。
 チビスケと同い年のガキどもと違い、ヤツラはすでに飢狼の眼をしているのだ。
 長居しては感づかれる。
 すぐに踵を返して今来た道を駆け抜けた。
 背後で早速、気配を嗅ぎつけた連中の、誰何する声が飛んできた。
 追っ手として三人のうち、誰かが教皇の間から放たれるだろう。
 急がねば。ここで無意味に戦り合うつもりはない。
 あれからチビスケが元気にしているかどうか、確認したかったがそんな余裕はなさそうだ。
 十二宮から遠ざかり、なおも走り続けながら俺は思った。

(フン。格下のアイオロスに次期教皇の座を奪われて、相当ヤキが回ったと見える。教皇を暗殺してその衣を纏えば、お前は永久に偽者だ。光の元に生を受けていながら、自ら影に身をやつすとは……愚かなことだ。クククッ)

 愉快だった。
 挫折も知らず、常に人々の賞賛の的であった兄が二度と己の名を名乗ることも、誰かに呼ばれることもなくなったのだ。
 手足となったあの三人も今後は、「教皇」と呼ぶだろう。
 だがあくまで「教皇サガ」ではなく、偽教皇だ。
 聖人君主の双子座サガは死んだ!

「フハハハ! ざまぁない!」

 誰に名を呼んでもらえなかった俺の苦痛をこれからキサマも思い知る。
 確かにそこに存在しているのに、存在しないものと扱われる屈辱を。
 これが笑わずにいられようか。


 暴走した兄が教皇に成り代わり、邪魔者を次々と抹殺し、忙しくしている頃。
弟の俺がいる海界では、器が16歳になったら起こせというポセイドンの意思に共鳴して目覚めた海闘士たちが続々と集ってきていた。
 今の所は特別な位を持たない連中しかいなかったが、彼らも最初から鱗衣を身に纏っていた。
聖域に詰めている最下級の兵士なんかはみすぼらしい皮の鎧……しかもそろってもいないものをそれぞれ着込んでいるだけだ。
これだけでも海皇軍とアテナ軍の格の違いを感じられるというもの。

(問題は海将軍だな)

 海闘士の頂点たる七人の将軍や聖闘士でいうところの青銅や白銀に値する者たちがいるはずだが、まだ誰一人として現れない。
 黄金連中みたいにちみっちゃいのがゾロゾロ来たら困るな、などと不安が脳裏を掠める。
 子育てするためにこんなところにやってきたわけじゃない。

(ていうか、おむつしている年齢だったら、俺は泣く)

 それから本来、海龍となるべき人物が現れた場合のことも念頭においておかねば。

(ま、殺す以外にないけどな)

 これまでは一般人として地上で暮らしていた連中が神の意思により、海闘士として海に呼ばれてきたワケだが、仕える神が半覚醒なら、集ったヤツラも半覚醒状態。
 見知らぬ記憶に導かれ、小宇宙の使い方も戦い方もここでの暮らしも己の立ち位置もボンヤリとは把握しているようだったが、いかんせん、弱い!!
 所詮、半覚醒は半覚醒なのか!?
 時間が経つにつれ、人数だけは増えてゆく彼らに俺は基礎から戦闘を仕込まねばならなかった。

「海龍様が直々に稽古をつけて下さるぞ、喜べ皆!」
「おぉー!!」

 雑兵共が気合の声を挙げている。

(海龍“様”か。なかなかいい響きじゃあないか)

 多くの人間が俺の指示を待っている。
 ふん。ま、これはこれで悪くはない。
 コイツラに指導するのは面倒だと思っていたが、考えようによっては、敬意や忠誠心も俺一人に集中する。
 むしろ他に並び立つ将軍がいない今こそ、全体を掌握する好機やもしれん。
 横並びの地位にある海将軍の中でもさらに抜きん出た、最高の権力者にならねば意味がない。聖域のように教皇という役職がない以上、全体から筆頭はこの俺だと認めさせる必要があった。

(七人の将軍がトップだと? 笑わせるな。頂点は常に一人! 俺の意のままに海皇軍を動かしてやる)

 先の聖戦ではアテナ軍が勝利してポセイドンを封じたようだが、辛くも、だったハズ。
 いかに戦女神といえど、全能神ゼウスに匹敵する海皇とは総合力が違う。
 オリンポス十二神の序列からしてもポセイドンはアテナよりも格上。
 当然、配下の軍勢も同じこと。
 半覚醒状態にあるこの連中を鍛え上げて眠れる力を引き出せば、下らん星占いで俺を幽閉した聖域の愚か者どもに復讐できる。
 教皇の座を手にし、88の聖闘士を配下に置く兄に対抗できる。
 ……サガに勝つことができる。
 これはアテナとポセイドンの戦いではない。
 我ら兄弟の、サガとカノンの戦いなのだ。
 そう、これは戦争だ。
 そして俺は勝つ。
 必ず勝つ。
 運命付けられた光と影の役割を引っ繰り返してみせる。
 見てろ。俺を禍星と呼ぶのなら、そうなってやるさ。
 聖域に凶星を落してくれる。
 聖域を制圧したらば、俺に従うヤツ以外は全員処刑する。
 それから……

(チビと親しい連中もだ)

 サガはもちろんのこと、カミュ、アイオリア……悪いがお前たちも死んでもらうからな。
 そうでなければまたミロが帰りたがってしまう。
 帰る場所は俺の傍らにしかないとわからせてやらなくては。
 海と地上を制覇すれば、お前の可愛いワガママくらい、いくらでも叶えてやれる。
 きっとお前も気に入る。
 くだらん連中のことなど忘れて、俺のことだけを好きになる。
 全世界を巻き込む戦争を起こそうという俺の望みはちっぽけなものだった。
 小さな友人の関心を自分だけに向けさせたい。喜ばせたい。兄に勝ちたい。己の存在を世に知らしめたい……その規模の小さい望みのために神を欺くことも、多くの命を犠牲にすることも、いとわなかった。
 思い描く未来に高揚こそすれど、些細な罪悪感すら芽生えはしなかったのだ、この胸は。


■□■


 計画のためには、同じ野望を抱く兄に知られるわけにはいかなかった。
 俺は死んだこととして文字通り、水面下で力を蓄える。
 地上に打って出るそのときまで辛抱していなければならなかったが、他にひとつ、気がかりがあった。
 チビだ。
 俺と過ごした時間はとても短い。
 本人以外に“鏡のオバケ”の存在も知らない。
 ともすれば、成長と共に記憶から薄らいでしまうのは明らかだ。
 幼い子供の1年と成長してからの1年は、時間の流れがまったく違う。
 俺が昨日のことのように覚えていても、ヤツからしてみれば遠い昔の物語。
 ほんのひととき一緒に過ごした相手のことなど、修行に遊びに勉強に……目まぐるしく刺激的な毎日の中であっという間に風化して埋没してしまうのではないか。
 特に別れ方がよくなかった。
 朦朧とした意識に呑まれて、あれは夢だったのではときっと思ったに違いない。
 目を開ければ、そこにいたのはこの俺・ファントムではなくサガだったのだから。
 そうさせないためにも俺は、匿名で彼に贈り物を届け続けた。
 贈り主が不明では不思議がるだろうが、そこから“オバケ”に発想をつなげてくれるといい。
 絵本、ぬいぐるみ、衣類、聖域ではとても買い与えてもらえないであろう玩具の数々。
きれいな貝殻や珊瑚のカケラを集めて入れた小箱、果ては海で見つけた真珠まで。
 絵本は気に入っただろうか。
 毎日読んでくれているに違いない。
 ぬいぐるみと夜は一緒に眠るだろう。
 貝殻や珊瑚はどうだ? トモダチに自慢しているかもしれない。
 ……真珠は……

(まさか赤ん坊ではないから口に入れたりはしまいが、鼻に突っ込んで遊んで取れなくなって泣くとか、バカなことはしでかしそうだな。フフ……)

 誰も持っていない物がミロだけに届く。
 羨望の眼差しを受け、ちっさい鼻を高くして得意になっている姿を想像する。
 それだけで俺は楽しくなれた。

(オマエは特別なんだ。他のヤツラとは違うんだからな)

 二つの世界の王となるこのカノンに選ばれたのだ。光栄に思うがいい。
 これまで誰にも何も与えてもらえず、また与えることもなかった俺はお気に入りの子供に物を贈ることで心を満たしていた。
 会いに行きたい。
 またここに連れ戻したい。
 一緒に生活がしたい。
 しつこく構い過ぎて泣かせたり、機嫌をとって笑わせたりしながら、楽しく暮らしたい。
 常にその欲求はあったが、自分が生存していることを悟られてはならないとひたすら堪えた。
 兄に察知されれば対抗する力を蓄える前に潰されるのは目に見えている。

(未だ攻めてこないということは、バレちゃいないのだろうが、医者に診せたところから誘拐犯の容疑者として俺のことは頭を掠めたろうしな……)

 だから俺ができることといえば、せっせと贈り物をするくらいである。




 我慢に我慢を重ねて、6年目。
 少年だった俺はすでに成人していた。
 さすがにもう生きているという疑いは晴れていよう。
 20歳になったら、チビに会いに行ってみようと前から決めていた。
 それを実行して、サガが教皇になったのを確認した日以来、近づきもしなかった聖域に足を踏み入れる。

(チッ。相変わらず原始的で進歩のない所だな。まったく久しぶりという気がせん)

 一部には木や茂といった緑が集中しているものの、大半が岩と瓦礫と乾いた白い大地。
 つまらん。実につまらない風景だ。いつ見ても好きになれない。
 もっとも?
 何かを好ましいと感じたこと自体がほとんど記憶にない俺だが。
 ハッキリと好意を向けたのは、あのちみっちゃい生き物が初めてだった。
 俺が会いに来たら、どんな顔をするかな? 前のように走って飛びついてくれるだろうか。それともひょっとして……忘れてしまったのではあるまいな?
 複雑な思いを胸に雑兵に化けた俺は、十二宮の前までやってきた。
 階段に片足を乗せたそのとき、

「おい」

 後ろから咎めるように呼び止められた。

「待て。十二宮に何用か? 許可証は?」

 振り向けばそこには豪奢な金髪の少年が細い腰に手を置いた格好で訝しむ目を向けてくる。
 キレイな子供だ。……瞬間的にそんな感想が浮かぶ。
 アクアマリンを思わせる目の色。それを縁取る長い睫毛。強い意志を感じさせる眉。小さく引き締まった唇。シャープな輪郭。よく整った顔立ちをしている。ちょっとその辺ではお目にかかれない上玉の美少年だ。
 特に強面の男ばかりがひしめくここ聖域では際立って輝きを放っていた。
 歳は10歳過ぎくらいだろうか? 年齢に似つかわしくない、挑発的な眼差しで俺の正体を見破ろうと射抜いてくる。

「……ミロ様にお目どおりを、と」
「ミロは俺だが?」

 汚れた練習着を着ていてもどこか貴族的に感じられるその少年が発した返答を受けて、脳内が白く染まった。

「……エ?」

 思考が追いつかず、ぽかんと口を開ける。

「……ミロは俺だ」

 キッパリともう一度告げられて、思わずよろめきそうになる。

(コレが……アレか?)

 俺は記憶の中のチビスケと目の前の少年を照合してみたが、どうしても重ならない。
 あの丸いのが、こんな細っこい棒切れになってしまうのか!?
 まんじゅうみたいな、ハムスターのケツみたいな、あの……チビが!?
 そんな……

「そんなバカな」
「……は?」
「チ……いや、ミロ様といったら、こんっっっっな小さくて……」
「……小さくて?」

 ミロを名乗った少年は、オウム返しに言って目を細める。

「足が短くて」
「あ……足が短ッ!? ……ほ、ほぅ?」

 自らの細い足を見下ろしてから少年は顔を上げた。
 心なしか口元がひくついて見える。

「頬がぷっくりしてて、つまみ甲斐があって……よく伸びて……」
「ぷっくり……とな」

 少年は自分の頬に片手を当て、微妙な表情を浮かべる。

「フニフニしてて」
「ふ、ふにふに?」

 すぐに泣いたり笑ったり……
 立っていてもなんだかいつもフニャフニャユラユラしていてシャキッとしないあのカンジ。
 明るくあっぴろげで誰にでも懐いてしまう、危うい素直さ。
 目の前の気難しそうな少年の、他人を寄せ付けない印象とはかけ離れている。

「本能だけで生きているようなコロコロした生き物で……」
「本能だけ……コロ…コロ……? ……どんなだ……」
「そう、例えるならマシュマロのハチミツがけのような……それでいてかじってみると意外にしっとりショッパイ……つまりあれだ。大福は甘いがそこには塩が入っている的な……」

 思いつくままのイメージを並べたてると少年は盛大に息を吐き出した。

「アナタがお探しのその“ミロ様”とやらは? 食べ物なのか、それとも生き物なのか、どっちなのだ、ハッキリしろ」
「食べ物に擬態した、丸い生き物だ!」

 6年も経てば、成長するに決まっている。
 なのに俺ときたら、当時のままのチビスケしか想像してこなかったのだ。
 「大きくなったかな?」なんて思ったりは当然していた。
 ただし、あの姿のままで大きくなった図しか思い浮かばなかったのである。
 同じ等身、同じ比率で大きくなったら、不自然極まりないというのにそんな大事なところが欠落していたのだ。
 どうやら俺は、チビを人間だと自動的には認識していたものの、実際には犬猫の類と同列に見ていたらしい。
 そしてそういう愛玩動物のようなチビが好きだったのだ。
(特に触り心地とか……)
 いつまでもちびっこくて、無邪気に俺を追って飛びついてきて欲しい。
 仔犬かなにかのように。
 そんな願望を頑なに守って、俺の中のミロは成長を止めていた。
 ところが現実はそうじゃない。
 子供はすぐに大きくなるもの。
 そんな当たり前のこと、知っていたはずなのに、ミロに対しては“当たり前”を欠いていた。

「……ショックだ……信じられん……」
「な、何がだ」
「純真無垢の丸い生き物が、こんな……」

 こんな……

「棒切れか電信柱みたいな生き物になるなんて!」
「………棒…きれ……? 電信……柱……」

 少年は自らの発展途上の身体をぺたぺたと触ってから、しばし無言となり、やがて不機嫌に睨みつけてきた。

「……黙って聞いていれば、どんだけ無礼なのだ、キサマ! というか何をしに来た!? このミロに用あって来たのだろうが!? まさか愚弄するためにわっざわっざ立ち寄ったのではあるまいな!?」

 む。いかん、怒らせた。

「幼少期の俺を知っているようだが、何者だ。名を名乗れ!」

 ここにきて俺は自分が雑兵に変装していることを思い出した。
 ものすごく今更だが。

「ハッ、その……お届け物を預かって参りました!」

 名乗れの部分はスルーして、持ってきていた紙袋を手に押し付けた。

「ん? なんだこれは?」

 紙製の手提げ袋の中身を確認した彼の目が、疑いからぱっと歳相応の無邪気さに取って代わった。

「……わぁ、ぱんだっ♪」

 ……お?

 アレ?

 なんだか……

 袋から取り出したぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうにする姿が当時と重なる。

(やっぱり……うん。チビだ。あの、ミロだ)

 6年経って倍の年齢になり、見た目は変わっても、やはりあのチビだった!
 嬉しくなって思わず抱き上げようと伸ばしかけた手を、危うく引っ込めた。
 ミロの背後のそのまた向こうに数人が連れ立って歩いてくるのが見える。
 ……マズイ。
 共を引き連れてこちらに向かってきているのは、教皇に扮したサガではないか。
 慌てて岩の陰に飛び込み、身を隠す。

「あれ? コレ、差出人がわからないな。誰から預かってきたんだ? ……オイ? あれ? いない……」

 くそっ。間の悪い! 感動の再会はまた今度にお預けだ。
 俺がひと目で教皇をサガと見破ったように、恐らくサガも俺を見つけるだろう。
 何しろ、自分自身が変装をしているのと同じなのだ。
 わからないわけがない。
 夜だ。夜を待って忍び込もう。
 闇にまぎれて、チビを……ミロを連れ出すしかない。




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