それはいい。
それはいいが、何故、あの事件を知っている? 12年前といったら、コイツは赤ん坊だろうが。
……そうか、師か。師から聞いたに決まっているな。それはそうだ。
すると師は誰だ?
考え込んだ俺にクラーケンが言った。
「アンタは海将軍なんかじゃない……」
……勘のイイ奴。
よく知ってはいるが、それでもこんな少ない情報だけでよくぞ組み立てた。
伊達に他人の顔色ばかり伺っていないとみえる。
だが知らないのか?
サスペンスやミステリじゃあ、一番最初に真実にたどり着いたヤツが犠牲者になるのがセオリーなんだぜ?
およそ人間らしい温度などない、爬虫類の瞳で目の前の小僧を見据えた。
迫った危機に気づいたのか、クラーケンは一歩後ろに下がった。
「俺の口封じなんて早まった真似はしないことだ」
「……ふん。またナマイキを」
「俺が消えたとなるとまずアンタが疑われる。海闘士たちに俺が討たれることはない。他の海将軍は全員、一箇所にそろっている。いないのは俺とアンタだけ。それとも? 今更、地上に帰ったなんて言い訳でもしてみます?」
……チッ。このヤロウ、抱くの意味にもピンとこないネンネちゃんのクセに、妙なところばかりに頭が回る……。
この話をすれば、自分が消されると踏んでわざと今夜を選んだ。
酒盛りしている連中に気づかれぬようにこっそり出てきたのかと思っていたが、この様子では……むしろ堂々と出てきた可能性が高い。
そう、堂々と……カノンも誘ってくるよ、なんて言ってな。
わざわざ行き先を告げて出てきた。
(このヤロウ……)
俺は怒りを抑えて口元に弧を描いた。
(……思ったよりやるじゃねぇか!)
このカノン相手によくぞ……。
「……本っ当に可愛くないガキだな、オマエは」
「ありがとうございます。それは褒め言葉として受け取っておきましょう」
俺はこんな小僧にあっさり正体を見破られた動揺が。
コイツには俺から殺されるかもしれない恐怖が。
互いに緊張しているのが伝わっているはずだ。
「アンタは双子座の…………サガだ。……そうでしょ?」
「……ナニ? 今、なんと?」
今、上手く、聞き取れなかったぞ……なんだって?
サガ。サガと言ったか、今?
俺の中でふつとマグマが動きを示した。
「サガ、アンタは黄金聖闘士のハズなのに、何故、雲隠れまでしてこの海界に来た? 地位まで捨てておかしいじゃないか。アンタの目的はなんだ!?」
「……目的など知ってどうする?」
サガ……。
「いや、やっぱりいい。どうせロクなことではないんでしょ?」
サガ……か。
「フン、よくわかっているではないか。では確認しにきただけか? そんなワケないな? 危険を冒してまで……。オマエこそ、何が目的だ?」
「……地上へ……地上へ帰ろう、サガ」
……何だと? 突飛な提案に俺は片眉を跳ね上げた。
子供は、どういう思考回路をたどって突拍子もない答えを導き出すかわかったものではない。
どうして俺がサガで、お前なんかと一緒に地上に帰らねばならん?
「俺たち聖闘士は此処にいるべきじゃない。要らない摩擦が起きる」
「フッ、俺たちだと? ……お前は聖闘士ですらないだろう」
そういう俺も、双子座の正式な聖闘士ではないが?
「アテナ側に身を置いている時点で此処での立場は同じだ。海界にいていい者じゃない。あの人たちを裏切ったままなんてダメだ。アテナとポセイドンの二柱が争いを起こさない限り、聖闘士も海闘士も別に宿敵ってワケじゃないんだから……避けられる戦いなら、避けるべきだ。余計な波風を立てる必要なんかないだろ?」
……ふぅん? コイツ……最初から気づいていたって口ぶりだな。
あーあ、そうか。だから、アイツラには礼を尽くして俺にはぞんざいだったワケか。
「まだ誰もこちらへは来ない。今のうちに脱出すべきだ。アンタには此処を出る方法がわかっているんだろう、サガ?」
「……賢しいな」
俺は呟いた。
その名を連呼しながら俺に説教たれんな、ガキめ。
本当に腹が立つ。
小僧が一歩退いた分、俺も一歩近づいた。
「俺は帰らん。お前みたいなガキに説得されて、ハイそうですねって大人しく身を引くと思っているのか、バカが! なんのために12年もここに潜伏したと思っている? 避けられる争いなら避けるべき? ふんっ。その争いを起こすためにこのカノンはここにいるのよ!」
「…………サガ……アンタは……」
もう一歩、クラーケンは後退りしてドアノブに手をかけた。
そうか。退路確保のために俺の誘いに乗って奥まで入ってくることを拒んだのか。
なかなか油断のならないガキだ。
だが、やはり子供は子供。
詰めが甘いわ!
「……ッ!」
緊張しきった空気の温度が変わったのをいち早く察知したクラーケンは、後ろ手で素早くドアを開け、外に退避しようとした。
「愚か者! 俺とお前のリーチ差がどれだけあると思っている!?」
身を翻し、走り出したクラーケンの髪をつかんで引き戻し、部屋に放り込んだ。
扉を足で雑に閉じ、鍵をかける。
背後では俺にすっ飛ばされたクラーケンが床から立ち上がろうとしていた。
「……くっ! サガ! アンタはっ!!」
「……サガサガと呼ぶな、クソガキ!!」
それをさらに蹴飛ばしてから、胸倉をつかみ無理に立たせて壁に押し付ける。
「よく聞け、優等生? 俺を……サガと……愚か者のサガなどと一緒にするな!! 俺はカノン……カノンだ、クラーケン!」
互いの額をぶつけ、間近で怒鳴る。
「お前がアイザックであるように、俺はカノンなんだ、わかるかクラーケン!?」
するとナマイキなクソガキは、迫力に縮み上がるどころか呆れたように目を細めた。
「……わかりましたよ、うるさいな」
強がりなのかもしれなかったが、だとしても肝っ玉の据わった奴だ。
「俺、やかましいの好きじゃないし、そんなに大声ださなくても聞こえてるから。それと、胸倉つかむのやめてくれません? アンタみたいな人にそんな風に持ち上げられたら、足が届かない」
言葉に反応してちらと視線を落とすと、確かに背伸びしたクソガキの足先が今にも床から離れそうだ。
ふん、惨めだな。ガキのクセに大人を怒らせるからこうなる。
「俺を……舐めるな小僧? いいか? この俺は、海界は愚か、地上も手にする神となる……カノン様だ。二度と間違えるな。違えれば、この細首……即刻、圧し折ってくれる」
「……サガじゃなくてカノン? 偽名ではなかったのか」
首を締め上げられて、苦しげに呻きながらクラーケンが俺の顔を見た。
「……確か……双子座は……いや、そうか……なるほど」
まだ探偵気取りか、この野郎。
「……おい……何が“ナルホド”なんだ? お前の推測通りならどうする? ここで俺を倒してみるか? まぁ、ケツに殻がついたままのヒヨコちゃんには到底、無理だろうがな。……それとも? 他の海将軍のお兄ちゃんたちに言いつけに行くのかな、ボクは?」
胸倉をつかんだまま、引き寄せ、もう一度壁に叩きつけてから開放してやった。
「……さて、と」
わざと声に出して、深く深呼吸を繰り返す。
酒臭い体内の空気が清浄化されていくにつれて、頭の芯が冷めてゆく。
サガの名で呼ばれただけでついカッとなってしまった。……忌々しい。
俺の悪いクセだ。早く克服せねば。
コレのためにいつか足をとられかねない。
間接的であってもサガなんかに……サガになど足を引っ張られてたまるか!
一度キレてから平静を取り戻した俺は、うずくまり喉を押さえて咳き込むクラーケンを見下ろした。
まだ状況は変わっていない。
これからコイツの処分をどうするか考えなくては。
「お前、本当に賢しいな。12年前の射手座と双子座の事件だけでそこまでたどり着くとは、さすがの俺も驚いたぞ」
側にしゃがんで、間近にある顔を覗き込んだ。
短絡的に殺してしまえば、コイツの策に嵌まることになる。
「しかも、どうやら俺がサガの双子の片割れというのも気づいた。……そうだろ? さっきの、ナルホドってそれだろ? ん?」
奴は己が殺されることまで想定している。
カノンのところに行って来ると伝え、それが海将軍たちに残してきたダイイングメッセージになるよう仕組んだのだ。
大人も舌を巻く脅威の洞察力。身を守るため、そして俺の手を封じるための海将軍に対するアリバイ用意。それに退避ルートの確保をしておく周到さ。
俺のリーチの長さが計算に入っていなかった以外は完璧なシナリオだった。
「……いいな」
「……?」
クラーケンは右目だけを動かして、俺を見返してきた。
これだけ威圧してもまだ俺の目を真っ直ぐ見られる余裕があるか。
ふん、他人の顔色を伺う聡いカンジはキライだが、こういったふてぶてしさはむしろ好ましい。
「こういうのが俺に必要なのかもしれん」
たった13歳でこのカノンに挑み、こうも追い詰めるとは。
正直、次の一手が思いつかないくらいだ。
いくらなんでも海将軍全員を敵に回してここから生きて出られると思うほど、俺も自惚れてはいない。
(こいつは頭がいい……。回転も良ければ、機転も利く)
自ら好んで口にする「冷静」という言葉通りの性格。
十分な用意をして挑む慎重さを持ちながら、危険を顧みない大胆な行動も辞さない。
そして何より、この度胸。
怖がっているのは見え見えだが、それでも俺から目をそらさずに睨み返してくる気概。
(…………気に入った。)
まだ詰めの甘さが残るものの、成長すればまたとない優秀な参謀となる。
(殺すには惜しい)
それともう一つ、気に入った要素がある。
恩ある二つの勢力をぶつけさせまいとして、自らの命を懸ける忠と義を重んじる性質だ。一度、手懐ければどこまでも従う忠犬となろう。
(そう、このカノンだけに従う片腕となるのだ)
殺さず、口封じをし、且つ、俺に従うように調教するにはどうすればいい?
クラーケンもきっと今、頭をフル回転させて、次の行動を小賢しく練っているハズ。
それを物語るように、視線が扉と部屋の奥とを交互に移動している。
平静を取り戻した俺は、相手のわずかな動きも見逃さない。
「お前は俺を倒すだけの力がない。俺はお前を殺せない。つまり互いに手詰まり状態というワケだ。……そうだな?」
確認するとクラーケンも慎重に頷いた。
「で。ここで提案だが、俺たち、手を組まないか?」
「手……?」
「世界を手に入れたあかつきには、お前にも……」
「……………オジサン………バカ?」
……オイ。
ここにきてまたこの……ッ。
いや、怒るな。コイツの言葉を借りるなら、クールであれ、だ。
「世界なんかどうでもいい。そんな話、悪いけど俺にはデカ過ぎて想像もつかない。俺の望みはさっきも言ったとおりだ、あの人たちと拳を交えるのはゴメンだって言ってる」
「ハッ。どうでもよいとは言ってくれる。欲のない男は大きくなれんぞ?」
「小魚食べてるし、牛乳飲んでるから平気だ! ……た、たぶん」
ぐ……そうくるか。さすがは天然記念物。
精神の成長にだいぶ偏りがあるようだな、……少年よ。
これまでの空気を無視した子供っぽい答えがいきなり返ってきて、思わず拍子抜けしてしまった。
いかんな、俺の方がやや振り回されている感が否めない。
……子供は苦手だ。
頭を軽く振って気を取り直すと、俺は威圧的な笑みを浮かべて言った。
「でもなぁ? そろっそろ、跳ね返ってないでお兄さんの言うことを素直に聞いておいた方がいいと思うぞ? そうでないとお兄さんも奥の手を出さないとならない」
「……奥の手?」
また、扉に視線を走らせたな、一瞬。
逃げるつもりか?
だが、残念だったな。
もうお前はこのカノンから逃れることは出来ん。
俺は立ち上がって、ゆっくりとドアの前に移動し、逃亡の希望を断ってやった。
「Yes……と答える方がいい。さもないと、俺はお前を殺さず生かさず、純粋な力のみで服従を強いなければならん。太古から行われている原始的な手段でな」
「……すなわち、暴力による恐怖を植えつけ、それによる心の支配、ですか」
戦うつもりなのか、立ち上がって構えを取ったクラーケンに俺は嫌味の拍手を贈った。
「正解です。よくわかりました、さすがは賢明なアイザック君」
「なら俺も全力で抗わないとですよね。でもそうしたら、戦闘の音で誰か駆けつけてくるかな。攻撃的小宇宙が飛び交えば気がつかない人はいないでしょうから、ここには」
おーおー。速いこと、速いこと。
この状況においてもパニックに陥らず、すぐに次の答えを弾き出す。
冷静沈着、か。
少々、頭に血が上りやすい俺にはちょうど良いではないか。
……是が非でも、配下に加えたい。
「それは困るなァ。攻撃的小宇宙をやたらめったらこの神殿に撒き散らされては、壊れてしまう。それにお前の小宇宙はとても寒い」
俺は乾いた唇を舐めて湿らせた。
そうさ、お前の凍えた小宇宙など浴びてやる気などさらさらありはしない。
小宇宙を練る時間など与えん。
手を伸ばせば捕まえられる距離で、技など必要としない。
そんなことをしなくても幼いお前の心を壊して、生き人形に変えることくらい、造作もないこと。
反発心を根こそぎ奪ってから、俺の役に立つよう、ゆっくり時間をかけて調教していけばいい。
ランプの明かりだけが頼りの時代錯誤な薄暗い部屋の中に、氷の結晶が輝きはじめた。
それが技として完成される前に俺は素早く、相手の懐に飛び込み、顔面をつかんでテーブルの上にその身体ごと叩きつけた。
上に乗っていた酒瓶と遅い夕食を終えた後の食器が派手な音を立てて、床に砕け散る。
「っこの……っ」
「はい、残念」
テーブルの上に仰向けになった格好で鋭い蹴りを繰り出してくる足首をつかんだ。
「うっ。は、放せ! 放せよッ!!」
「おい、跳ねっ返り! 大人しくしといた方が身のためだぞ? お前の細っこい足首なんぞ、いつでも握り潰せるんだからな」
足を開放した代わりに両手首をひと掴みにし、テーブルの上に押し付けた。
さらにいつも持ち歩いているバタフライナイフを取り出して刃を展開し、つかんだ手首に振り下ろす。
「ぅわっ!?」
堅く響いた大きな音に、目を堅く閉じて顔を背けるクラーケンだが、俺は別に腕を切り落とそうとしたわけではない。
腕の動きを封じるために、袖口をテーブルに縫いつけただけだ。
クラーケンは恐る恐る瞼を開いて、頭上にクロスされた自分の手首の状態を確認しようともがいている。
「なんだコレ!?」
「世間知らずのお前にひとつ、教えてやろう」
俺が言うと、クラーケンは騒ぐのをやめてこちらに目を向ける。
「人を壊すのは、何も直接的な暴力だけじゃない。我々のように戦いを生業とする連中は、ちょっとそっとの暴力には屈しない。実際に、今のお前がそうだ。とても敵わないと思っていても、抵抗をやめないだろう? そんな相手を挫くに何が一番効果的だと思う?」
細アゴを人差し指で持ち上げてやれば、一気に相手の恐怖が伝わってきた。
「…………ご、拷問……とか?」
やっとのことで答えたクラーケンに俺は微笑み返した。
……怖いだろう? 悪い大人は。と心の中で囁いて。
「ふむ。惜しい。それも効果的だな。だが、今回の場合はハズレだ。拷問は周りにバレるからな。殺さずとも体中傷だらけになっていれば、俺がヤツラに吊るし上げだ。それでは意味がない。……さ、何だと思う?」
質問を続けながら、相手のシャツに手を突っ込んで若い肌の上を這わせる。
「わわっ!? なにやってんだアンタ!?」
「はははっ。答えになってないぞ、優等生?」
「むっ……このっ! このこのこのっ!!!」
「ほら、ジタバタすんなって言ってんだろ?」
上半身はテーブルの上に縫いとめられているが、腰から下はまだ自由を失っていない。めちゃくちゃにばたつかせて俺を蹴ろうとしている、お行儀の悪い足を両脇に挟んで止めた。
「あっ!? 放せ! ばかっ! ばかばかばかばかっ!!」
「自称、“もうコドモじゃない”んだろ? それじゃまるっきり、ガキの言動だぞ? もうちょい頭をひねれよ。得意のクールはどうした?」
よし。ナマイキなクソガキを完全に封じ込めた。
俺は確信して薄く笑う。……ところが。
コイツはやっぱり通常の子供ではなかった。
「うるっさぁいっ!!」
「チッ、小宇宙使うなっつってんだろが!!」
性懲りもなく、身体の自由を奪われたままで凍気を放出し始めたのである。
ヤツと接触している俺の腕が硬い音と共に凍り付いてゆく。
今、外の連中に小宇宙を気取られるわけにはいかない!
まだ抗うとはさすがに予想できず、捕らえていた足を放って、俺は咄嗟に顔面を殴りつけた。
返り血が顔にかかって、しまったと後悔する。
外見に傷をつけるつもりはなかったのに。
先程も口にしたように、他の海将軍に悟られてはいけないのだ。
……これから、年端もゆかぬ少年を腕ずくで組み敷こうとしている、などと。
「うぐっ……かはっ……!」
幸い、血は鼻からだった。
仰向けになっているために口の中に血が流れ込んでいるのだろう。
息苦しそうに咳き込んでは、血の飛沫で辺りを汚している。
「……だから、暴れるなと忠告しただろうが。これ以上、痛い目に遭いたくなければ、今度こそ大人しくしていることだな」
鼻を折ってしまったわけではなさそうだ。半分、ほっとしながら冷たく告げた。
咄嗟のことで手加減が出来なかった。
悪いのは俺ではない。
抵抗するなと忠告してやったのに、暴れたコイツが悪い。
「さっきの質問の答えだが……聞いているか、クラーケン?」
焦点が合わぬ虚ろな目をして、荒い息を繰り返している少年に語りかける。
さすがに今の一発で抵抗する気力が萎えたようだが、俺はもう、コイツに対して一寸の油断もしないと決めた。
ガキには違いないが、侮るべからず。
アイザックという男は、こちらが思いも寄らない行動をとってみせるのだから。
そこが将来楽しみではあるものの、今の状況では余計な手間だ。
足からくる攻撃に注意を払いながら、相手のズボンのボタンを外し、下着と共に握ると、一気に引き下ろした。
「!!」
俺が放った下品な冗談についてこれなかった少年には、予想外だったことだろう。
真紅の瞳を大きく見開いている。
遅れて羞恥のためか顔を高潮させた。
「……直接的な暴力では陥落しない、不屈の精神を誇っていようが……」
見せ付けるように俺も自身のものを取り出してから、テーブル上にあるヤツの頭の横にわざと大きな音を立てて両手をついた。
「心の内側から挫かれたら、それまでだ」
俺の影が落ちたクラーケンの……アイザックの顔はすっかり色を失い、微かに震えていた。
「この時点ですでにお前は挫かれているな? だが、脅しだけで終わると思われても困る。お前が表面的には傷つかず、羞恥のために他に打ち明けて助けを請うことも出来ず、俺への恐怖を刻み込んで屈服させるには」
相手のシャツを胸の上までたくし上げて、成熟にはまだほど遠い肢体をじっくりと観察した。
……酒が入っているからか?
興味などないハズの未熟な身体に興奮を覚える。
「圧倒的な力で抑え付け、男としての、人としての尊厳を踏みにじるのが一番手っ取り早い。……プライドを折るってヤツだ」
ただ屈服させるだけの意味しか持たない行為のつもりだったが、自分の半分ほどしか生きていない無垢な肉体を汚すという背徳感と嗜虐性を刺激されたせいかもしれない。
自然と口元が緩んだ。
「理解できたかな? おりこうさん?」
優しくしてやろうなんて気は微塵もなかった。
ロクに慣らしもせずに強行したら、物凄い悲鳴をあげるから、口にタオルを突っ込んでやった。
二度と逆らえないようにするのが目的だ。多少は我慢してもらわんと。
拷問ではないとは言ったが、相手のあまりの痛がりように、これも一種の拷問に入るなと思い直す。
それにコイツをイジメてやりたい感覚は前からあった。
世間知らずのクセに妙に大人びたところがあって、誰にも頼ろうとしない。
救いを求めていながら、手を払われることを恐れて手を差し伸べてこない。
心を閉ざし、己の力だけを盲信する……
コイツを見ていると時々、どうしようもなく苛立ちが募った。
その理由は判然としない。
だから、必要以上に傷つけた。
心も身体も。
気を失わせるまで乱暴に劣情をぶつけて、ようやく戒めを解いてやる。
力なくテーブルからずり落ち、床に崩れた少年を見下ろしてふと引っ掛かりを感じた。
誰かに似ていると思った。
だが、それが誰だとはとうとう思いつかなかった。
「それが……自身であっただなんて……今更……」
塩風に髪をなびかせ、夕日が海に飲まれていくのを眺める俺は、膝を折った。
あのとき、あの子にちゃんと情を傾けていたら……。
宙を彷徨う手をにぎってやっていたら……。
俺はもっと早く救われていたのだろうか?
変われていたのだろうか?
その場に膝をついてへたり込んだ俺に観光客のカップルが奇異の目を向けて通り過ぎてゆく。