カミュ視点続きです。
眠くてウトウトしながらで日本語になっているかとても心配です;
通勤時に読み返しておかしなところは帰ってから直します(T-T)
(最初に見たときよりはだいぶ頬の赤みも引いてきているな。……よかった)
しばらく当てていた冷気が効き目をあらわしたのか、苦痛に満ちた表情もいくぶん和らいだ。
(それにしても静かだ)
カーテンが引かれた薄暗い室内には二人しかおらず、片方は昏々と眠っている。
額に片手を添えている私は、他にすることもなくただ寝顔を眺めていた。
このように間近でじっくりと観察する機会など普段はないに等しく、改めて綺麗な顔立ちをしていると気づかされる。
いくら見つめていても飽きることなく、時間の経過も気にならなかった。
今まで気に留めずにいたことが勿体無いくらいだ。
空いている右手でそっと滑らかな頬をなぞってみた。
その流れで親指が唇に触れる。
……柔らかい。
そして、酷く、熱い。
カチコチ、カチコチ、静寂の中、時を刻む秒針の音に合わせ、鼓動が早くなる。
私は……
ゆっくりと身体を折り、吸い寄せられるように口付けを落とした。
「………………。」
押し付けるようにして柔らかな感触を楽しむと相手の下唇を軽くはんでから、離れる。
(これが…………私のものではないなんて……)
再び、カノンとミロの激しい口付けの場面が思い出される。
ただ幼馴染で中でも親密だったというだけで、なんの約束を交わしたわけでもなかったのに、漠然と自分のものだと思い込んでいた愚かさ。
「……カノンと……」
(どこまでいったのだろう?)
あの男は確かに言った。
ミロが欲しいのだ。と。
それがどういう意味を持っていたか、考えるまでもなかったのに、今更になって私の中で明確になる。
欲しいものを手にしたら、どうするか……
(それこそ、考えるまでもない)
飢狼のようなあの男がプラトニックで済ませようはずもない。
私は改めて眠る友人を見下ろした。
汗ばむ全身と上気した紅の頬。
そこに張り付く金色の髪。
一度、虚ろに見上げてきた、発熱による涙に滲む青い瞳。
薄く開いた口元からは、蕩けるような熱い吐息。
時々、眉を寄せ、苦しげな表情になる。
(まるで……………………情事の後だな)
これほど誘惑的な空間を私は体験したことがない。
部屋の中には二人の他に誰も居なくて、片方は深く眠り、私だけが覚醒している。
目の前で硬く瞼を閉じた男は美しく、匂いたつような色香を発しながら横たわっている。
もし、もしも、今、私が何らかの……負の行動を起こそうとしても、咎める者はなく、遮る物もない。
かろうじてあるのは、己の中の自制心だけだ。
それも、紙のように薄っぺらで無力な。
(ここで今……私が犯したら……どうなる?)
あの男が汚した身体を私が上塗りしたい。
あの男のことなど、なかったことにしてしまいたい。
正気を失いかけた私は毛布をまくり、身につけているシャツのボタンに手をかける。
一つ一つ、外していくごとに露になってゆく肌。
緊張がこれ以上ないほど高まって、指が震えた。
もちろん、これまでにも素肌を見たことがないわけでもない。
訓練の後、暑くて上着を脱ぐこともあれば、風呂上りのときもある。
だが今日に限っては意味合いがまるで異なる。
やめよう、今なら間に合うと自制心が喚くのを払いのけ、とうとう全てのボタンを外してしまった。
前が開いたシャツを左右に広げ、日に焼けていない白い胸や逞しく割れた見事な腹筋を眺める。
(……ん?)
呼吸に上下する胸に手を添え、ふいに疑問符が浮かび上がる。
「……ない」
どこにも。
キスの、痕が。
身体のどこにも鬱血した痕は見られず、キレイなものだ。
「………まだ……」
身体の関係にまではなっていない?
(まさか。あの男だぞ? いかにも、な)
だがまだ関係が成立して日が浅いならばあり得るかもしれない。
「……はは」
そうか。
まだ手付かずか。
「ははははは………」
自らの額に手を当て、こみ上げる笑いに身を委ねる。
「ざまぁないな、カノン!」
底意地の悪い、黒い感情が表面化した。
己の中にこんなドロドロとした感情が潜んでいようとは、思いも寄らなかった。
まだ手出ししていないだけの話で、遅かれ早かれ、いずれはカノンの腕に納まるのだ、この友人は。
私が戦う前から敗北している事実は何一つ動いていない。
なのにこの勝ち誇ったような笑いときたら。
負け犬染みていて滑稽だ。
「はははは……はは……は………………はぁ」
笑いがやがて溜息に転ずると再び沈黙が訪れる。
「……一体、何をしているやら……」
色恋に疎く、経験もない私が、今になって手放したくないと足掻いたところで敵いようもない。
他の男に盗られた友人を引き戻すためには、どうするのが最善か。
それさえわからずにいるのだから。
(それでも……)
ベッドの端に手をついて、身を屈める。
カノンに勝てないまでも、一矢報いたい。
カノンよりも前に、手にしてしまいたい。
焦燥感に背中を押されて首筋に喰いつく。
肌を強く吸ったとき、ミロの口から声が漏れた。
「う……あ、かみゅ」
目覚めた?
途端に血の気が引き、頭を上げる。
「ミ……ッ」
だがそれはただのうわ言だったらしい。
ミロは変わらず目を閉じたままだ。
「……愚かなことを……」
肝が冷えたせいで高ぶっていた感情の波が急激に引いていく。
「……乱暴をしようとして悪かった」
ボタンをはめ直し、毛布をかけ、最後に額にキスをした。
看病は氷河に任せよう。
私はダメだ。
このままいたら、最終的にはきっと、罪を犯してしまう。
ミロが眠っていようが、目覚めようが。
(よかった。間違いをしでかす前に踏み止まれて。友人でいることさえ叶わなくなるところだった)
まだ欲にざわめく胸を抱えたまま、私は八番目の宮から逃げ出した。