旅行、か。
日常から少し離れてみるのも悪くないかもしれないな。
言われて考えてみる。
厳しい修行とか、アクエリアスに手が届くとか届かないとか。
親しい人を失くす悪夢だとか。
そういう苦しいことを全て手放して、一度気持ちをリセットするのも大切かもしれない。
「うん。旅行、いいかも。よし、ミロ、どこに行こうか?」
「……は?」
ハリキッて言ってみたら、すげない反応が返ってきた。
「…………ナニ、その反応?」
「ナニ……って」
ソレだよ、ソレ。提案はしたけど、俺は関係ないよってその突き放すみたいな態度!
ちょっとヒドくない?!
「付き合ってくれたっていいでしょうが」
「トモダチと行ってくればいいだろう。ペガサスでもアンドロメダでも老師のお弟子さんでもいるだろう。あと……なんだっけ? ヒドラか、キミの仲良しさんは?」
「最後のッ!! ソイツ! 全ッ然、仲良しじゃないしっ!!!!」
「つーか、とにかく。俺は色々忙しいんだよ」
「どこがだよ! 引きこもってプラモ作ってるだけじゃん!! ミロも外出た方がいいって! 一緒に……」
「すまんな。シャアザク作りかけだから断る」
いそいそと訓練場から戻り始めるミロ。
頭にキタ俺はそれを追い越し走り出す。
そして叫んだ。
「ミロのジオラマ破壊してやるッ!!!」
……と。
「なっ!? 何ィ!? こ、コラッ!! よしなさいっ!! 待てッ!! あれを作るのに何ヶ月費やしたと思っているんだっ!?」
「ミロが悪いんだっ!! 俺のこと、もっと大事にしないからっ!!」
「大事にする理由がどこにある!? 大喰らいの居候のクセしてっ!!」
背後でミロが追ってくる気配がした。
くそぅ。負けるものか!!
あんなガン○ムなんか破壊してくれるっ!!
「成長期なんだから、食うに決まってんじゃん!!」
「いつまで成長期なんだっつの! すくすくすくすく育ちやがって……」
「いいでしょ、別に。あーあ、シャアザク踏み潰すの楽しみィ!!」
「ギャッ!? よせっ!! ついに白い悪魔ガンダムを赤い彗星が破るときが来るのだぞっ!? 待たないかっ!!!」
頑張ったが結局、白羊宮に辿り着く手前で襟首をつかまれ、敢え無く御用となってしまった。
「くそっ、とんでもないガキだっ」
しかし俺の暴走に恐れをなした彼は同行を承諾してくれた。
渋々感が腹立たしいけど、仕方ない。
結果オーライってヤツだな。
鼻歌交じりに旅行の準備をして、乗り気じゃないミロの手首をつかんで引きずり、さぁ聖域を出るぞ!というところで、魔鈴さんにしごかれていた星矢が俺たちに気がついた。
「あっ!? どこ行くんだよ、二人揃って」
「ちょっと旅行~♪」
上機嫌で応えれば……
「何ィ!? ずっちぃ!! 俺も行く!!」
「何ィ!?」
なんでそうなる!?
せっかく……
「何ィって、俺が一緒じゃ何か都合悪いのかよ!?」
「つ、都合は悪くないが……」
いや、別に?
都合は悪くありませんよ?
でも、さ。
なんつーか……
ちらりと横にいるミロに視線を走らせる。
「ホラ、ペガサスもそう言っていることだし、二人で行って来い♪ ……な?」
……断り文句を期待した、俺が馬鹿だった。
何だよ、これで自分は行かなくても済むってその嬉しそうな態度!
腹立つ~。
「悪いな、星矢。後ろで魔鈴さんが怖そうにしてるから、もう行くわ。修行、頑張れよ」
その辺の石を拾ってミロをタコ殴りにして気絶させた俺は、サワヤカ笑顔を残して魔鈴さんに「何が旅行だい、浮かれるんじゃないよ、星矢!」などと叱られている星矢に別れを告げた。
「あっ!? いつの間に空の上?!」
白目むいて口から魂ハミ出させていたミロが飛行機が離陸してからようやく意識を取り戻した。
「泣いて騒いだって、もう戻れませんからね」
「誰が泣くか」
「最後まで往生際悪かったじゃないですか。どんだけ俺と出かけるの嫌なんです、失礼だな」
「だってシャアザクが……」
「次にシャアザクがどうのとか口にしたら、マジ破壊行動に出ます」
「……うわーん、アテナ~! 氷河がミロをイジメるんですよぉ~」
「残念でしたね。ここにアテナはいません」
そのアテナな沙織さんにミロの貸し出しと旅行の許可を願い出たら、各国にある城戸グループのホテルに無料で宿泊できるように手配してくれるというので慌てて断った。
単に遊びに行くだけなのにさすがにそこまでしてもらってはと遠慮したのだが。
「何を言うの、氷河。貴方は私の伯父なのですよ? 城戸グループの一員なのだから、そのくらいの権利、当然でしょ?」
「オ、オジ……」
血のつながりはないが、沙織さんが光政ジジィの孫であれば、その息子である俺は確かにオジだ。
しかし、複雑である。
一つ違いのオジと姪とは。
「で? 行き先は? 旅客機もこちらで手配しておくわ」
少しでも俺たちの役に立ちたいのだと嬉しそうな沙織さんの好意を無碍にもできず、結局、宿も航空券も世話になることに。
「彼女ができたのか、氷河? 彼女だろ? ホントは彼女と行くんだな?」
沙織さんに礼を言って、その場を離れるとなんだか辰巳がくっついてきて、嬉しそうに肘でつついてくる。
「ち、違う。彼女なんかいないって」
「そんなワケないだろ。紫龍にも瞬にも彼女いるんだぞ? あの星矢だって、なんだ? 幼馴染の美穂だとか女聖闘士のナントカって人にモテてるようだしなぁ」
なんだよ、オッサン、まるで彼女いないとダメみたいじゃん。
ほっとけ。
「俺だって若いときにゃー、そらぁモテたもんだ」
……嘘こけ。この、ハゲタコオヤジ。
無視して行こうとすると辰巳のヤツ……
「ま。とにかくだ。まだ責任取れないうちは、ちゃんと避妊するんだぞ?」
などと言いながら、真顔で大きめのポーチを渡してくる。
中を覗けば、
「ブッ!!」
アレやらソレやら……なんというか……つまり……ゴムからオトナの愉しい玩具まで。
「……かっ! 彼女じゃないって言ってるだろっ!!!」
一緒に行く相手は、彼女どころか我が敬愛する師の……大事な人なのだ。
「そう照れるな♪ いまどきの若者じゃ18だと遅い方なんだろ?」
「アンタ、人の話きーてねーなっ!? あのヒトは俺がどーこーできるような相手じゃないのっ!!」
叫んではたと動きを止める。
女神宮と教皇宮をつなぐ廊下を行き来している神官や兵士たちがいっせいにこちらを注目しているのに気づいたためだ。
慌てた俺はとるもとりあえず、その場から脱兎のごとく逃げ出した。
「頑張れよ、氷河~!」といらん応援が背中に届いたが、もちろん、無視!
行き先は、カミュの故郷フランスと自分の故郷ロシアとで迷ったが、最終的に日本を選んだ。
フランスはまるで知らないし、ロシアも修行地以外はまるきり詳しくない。
それならむしろ日本の方がミロを案内して回れるというものだ。
ミロが思っているよりも俺はもう子供ではないし、頼りになるのだというところを少しでも見せてやりたい。
「よいか、氷河よ。ここから先は俺から少しでも離れるのではないぞっ」
「……はい?!」
日本の地に降り立ったミロが放った開口一番の台詞がコレ。
「迷子になるだろう」
「いや、俺、一応、日本語できるし、迷子には……」
ホラ、すぐそうやって俺を子供扱い…………
「俺がっ!!」
…………ん?!
「俺が迷子になる!」
………………。
「4年前、偽教皇だったサガにお前たち青銅討伐に日本に行かされそうになったときも、青銅倒しに黄金が動くなんて恥だとか色々理由をつけてなんとか断ったのだぞ!? それなのに、外国に連れてきて! 氷河の馬鹿! 英語圏なら大丈夫だったのに、なんでよりによって日本!? 俺、日本語ムリッ!!」
どうしよう、24歳……無駄にカワイイんですけど。
涙浮かべて熱弁する場面なワケ? 俺の服をしっかり握り締めてるし。
ていうかそんな理由で日本に刺客として来たのがアイオリア一人だったのか!?
……裏を知るとなんか……いや、いいんだけど。
あの時点で黄金聖闘士二人も来られたら、まず間違いなく、全滅だし。
ミロが日本語不得意でよかった。
「ちなみに断っておくが、黄金仲間の母国語くらいはなんとなく、なんとかなるんだからなっ! ……教わったから。でも日本は知り合いいなかったから、ダメなだけだっ! アイオリアはイーグルとかペガサスとかと知り合いだから放せたのであって、決して、決して! 俺が日本語なんか使う機会がないから別にいいと思ってサボッていたワケでなく……っ!!」
「はいはい。わかりました、わかりましたから。大丈夫ですって。俺がいますから」
まったくもう。
大人なんだか、子供なんだか。
小さく笑えば、ミロは不満そうに口を尖らせる。
「よいな? 何があっても離れるんじゃないぞ」
「……了解です」
お決まりでちょっと芸がないかな、とは思ったけれど日本に初めて来るならやっぱり京都だろう。
その決断はよかったみたいで、ミロは始終はしゃいで回っていた。
自分から離れるなと言っておいて、このヒト。
チョコマカチョコマカと珍しいものを見るとあっという間にいなくなってしまう。
俺は振り回されてクタクタだ。
背が高くて金の長髪という目立った風貌のために、見失ったとしても周りの人に聞けばすぐに行き先がわかるのだが、そういう問題じゃない。
「氷河。世界遺産に選ばれたフジヤマはどこなんだ?」
「富士山は京都じゃないです」
「ふぅん? あっ、見ろ、氷河っ! ゲーシャさんだぞっ」
「芸者っていうか舞妓さんです」
「氷河、氷河、あの人が持ってるヤツ、俺も欲しいっ!」
「ミロッ、俺はこっちですっ!! 知らない人についていかないでっ!!」
「はうっ!? 誰だキサマ!? 氷河、氷河~!?」
「こっちですってば!!」
ちょっと目を離すとすぐにコレなんだから。
もう、綱でもつけておきたい気分だ。
あれだけ旅行を渋った癖して、来たら来たで大はしゃぎ。
まぁ、つまらなそうにされるより全然いいんだけどさ。
まだ見て回るとワガママ言い出すミロを引きずって宿まで連れて来るとコロリと態度を変えて和風の旅館に興味津々。
いかにもガイジン観光客デスヨといわんばかりに写真を撮りまくり。
ちょっと恥ずかしい俺。