カミュミロベースの氷→ミロ。
氷河が年上お兄さんなミロに恋して青臭く悩んでみたり。カミュの遺品を整理していて、師とその親友の関係を知ってしまい、ハートブレイクするような話。
時系列的には、同シリーズの「冒涜」の前後に日にちをまたがった内容です。
迷走しまくって、最初に想像していた結末と違うところに着地してしまったので(>_<)、なんかだらっと長くなってしまいました。
数日に分けて、ちょぼちょぼ載せていこうかなと。
やっぱり、生活の拠点が長い間シベリアだったからか。
宝瓶宮にはそんなに物がない。
元々、師は物を持たないシンプルな生活を好む。
このくらいが妥当なのかもしれない。
「……本だけはやたらとあるけど」
(そういや、シベリアの家でも本ばかりだったもんな)
かつては師が守護していた無人の宝瓶宮。
そこで俺は今、故人の荷物整理をしている。
聖戦が終わって、一年は破壊された十二宮の修繕で聖域は忙しく、ここ宝瓶宮は無事だったものの、十二宮自体が立ち入り禁止だった。
今年になってから、師の荷物を引き取りに来るようにと連絡があったのだ。
あと一週間ほどで師の命日……。
区切りのためにも遺品の整理はいい機会なのかもしれない。
黄金の方々は俺が次のアクエリアスと早々に思い込んでいるようで、どうせすぐに俺が入るの だから、そのままでもいいとも言ってくれたがさすがにそこまで甘えるわけには……。
もちろん、アクエリアスを他のヤツに名乗らせるつもりはないが、現時点ではまだ俺はキグナスだ。
線引きはしっかりしておかないと。
本来ならば、こうして一人で十二宮に……宝瓶宮に出入りすることだって許されない身分。
アテナである沙織お嬢さんの理解と、黄金の方々の温情に感謝しなくては。
「これは捨ててしまってもいいな。……これは……なんだろう? 一応取っておくか」
いくつか箱を用意して、大まかに仕分けしていく。
不要物はここで処分してもらって、必要なものとちゃんと中身を確認しないとわからないものは持ち帰って家でゆっくり分別しよう。
……本当の意味で必要なものなど、ほとんどないと思うが。
提出しなければいけない書類を師が溜め込むとは考えづらい。
他は思い出の品だが、あの人は基本的に過去に頓着しない。
俺とアイザックが師の誕生日に描いてプレゼントした似顔絵も、喜んで受け取ってくれた割に、しばらく壁に貼った後には丸めてゴミ箱に突っ込んであったりする。
俺たちが責め立てるとキョトンと首をかしげてから、また新しいの来年描いてくれるんだろう? と笑顔で答えたものだ。
悪気がまったくないことはその顔を見てわかるのだが、幼い俺たちには結構なダメージだった。
大きくなってみれば、それも笑い話。
イジワルして昔のことを責めれば、それはすまなかったと肩をすくめる。
師はちょっと……まぁ、そういうところのある人だったから。
この宝瓶宮においても、思い出の品とやらが出てくるとは思っていなかった。
「“宝の宮”のはずなんだけどな」
俺は独り、苦く笑った。
「宝なんか何も出てこないのに、どうでもいい物はチラホラ出てくるなぁ。これ、空の封筒だし……このレシートも不要……ああ、なんか裏にメモしてたのか……うん、関係ないな」
過去に縛られず、現在と未来に目を向け続けるのは師らしい強さだ。
愛弟子アイザックの死に関しても(実際には生きて海界にいたわけだが)、すぐに事実を受け入れて引きずったりはしなかった。
少なくとも表面上は。
「うわ、サイテーだ、この人っ! 写真まで裏をメモとして使ってる!!」
親友と写った写真が本の間からはらりと出てきて、拾ってみたら、裏にどうでもいい走り書きが……!
手近にある物になら、なんでもメモに使ってしまうのは彼の悪い癖だった。
さらにそれを本の栞として使用している!
やっぱりダメだ、とんでもない人だ!
もしここに今、彼がいたら、ちょっとそこに座りなさいって怒ってしまうところだ。
「どうせ書くなら、いつ撮ったのか日付とか……そういうのにして欲しいものだな」
会議の日程とか報告書の提出日とか、果ては買い物のメモまでこんな大切な物に書き込んでしまって。
「……ったく」
キッチリしているような、してないような。
「だからアイザックにいつも叱られてしゅんとするハメになるんだ。こんなの見つかったら大変だぞ。アイツ、礼儀とかに煩いんだから……」
懐かしさを感じる物を発見する度に俺は、あたかも二人がまだ生きてどこかにいるように言葉を発した。
愛に溢れていた愛しい日々を思い出せば胸が今も痛むけど、涙は去年、一年をかけて流し尽くした。
もう、俺は涙の海に沈んだりしない。
師のように過去を切り捨てて生きることは、この先もきっとできないだろうけど。
貴方たちと過ごした、煌く時間を胸に抱きながら、俺はちゃんと前に進む。
それは独りでは難しいけど、今の俺には死線を共にくぐり抜けてきた戦友たちがいてくれる。
だから、たぶん、きっと、平気だ。
……それに。
それに、俺が失意のとき、何度でも……必ず手を差し伸べてくれていた、あの人がいるんだ。
師をこの手で葬った、十二宮での戦いの後も。
恩人である兄弟子の命を奪った、海界の戦いの後も。
冥王との聖戦が終わった後も。
いつも、いつも、あの人がいてくれた。抱きしめてくれた。
戦場では苛烈な印象なその人は、普段はいたって穏やかな人の良い好青年だ。
優しくて、面倒見がよく、そしてちょっぴり、
「間が抜けてて……」
(……可愛いんだよな。本人に言ったら、怒られそうだけど)
塞ぎ込む俺を強引に連れ出して、町への買い物につき合わせる。
「こっちとこっち、どっちがいいと思う? そんな悩まなくても、直感でいいから」
歩く間に増えていく沢山の荷物を当然のように俺に持たせて、自分は涼しい顔。
ほとんどどこぞの王子様と従者状態。
街角で風船を配っているのを見かければ、すっ飛んで行って子供たちにまざり、ねだってくる。
でも気がつけば、いつの間にか手に持っておらず、キョロキョロと不思議そうにしている。
道向こうにクレープの店が目に入れば、フラフラと寄っていく。
買い求めた二人分のクレープをこちらに向けて振って、戻ってこようとするのはいいけど、母親が目に入ったら周囲が見えなくなる子供よろしく不用意に駆け出し、反対車線から来た車と衝突。
(車に跳ねられるとか。どんな聖闘士なんだよ)
しかも頂点に君臨する黄金聖闘士なのに……
周囲の悲鳴や騒ぎをよそに、転げてふらりと立ち上がったその人は、砂や埃にまみれグチャグチャになったクレープを見てしょんぼりと肩を落とす。
自分のせいで人だかりが出来ていることに遅まきながら気づくと、轢き逃げならぬ、轢かれ逃げをして俺の袖を引っ張り、あわてて走り出す。
(ふふっ。何度思い出しても、あれは笑えるよな。何が起こったのか自分で把握しないでビックリしたあの顔とか。れっきとした交通事故だっていうのに、鼻にティッシュ突っ込んで、擦り傷をぺろりとなめて終わらせちゃうしな。ホント、ありえないよ)
失敗を照れ笑いで誤魔化すさまは、どこぞのヤンチャ坊主そのものだ。
これに懲りず、アイスの店を見つけるとまた走り寄る。
沢山の荷物を抱えて両手がふさがっている俺に食わしてくれようとするのはいいけど、傾けた途端、何段にも盛り過ぎたアイスが崩れて俺の顔面を直撃。
大変だという割りに、自分で荷物を持つという選択肢はさっぱり浮上してこない。
自分の荷物は連れが持つ、とナチュラルに思っているワガママ王子様っぷり。
いや、もうあそこまでいくと王子様ではまだ表現が生易し過ぎる。
大の男に申し訳ないが、かの悪名高き沙織お嬢さんとなんら変わらない……女王サマだ。
……あの人と出かけるとありえない程、ハードな一日になる。
しかも散々な目に遭うのは免れない。
(だけど、不思議なんだ。心が……温かくなる)
一緒にいると悩む隙を与えてもらえない。
しっかり行動を見張っていないと何をしでかすかわからないから、沈んでいる場合じゃなくなるのだ。
師がよく、「まったくアイツにはかなわないな」と自嘲気味にぼやいていたところを見ると、同じように振り回されていたのだろう。
いつもクールで動じない師が、形無しになっているところを想像するとこれがまた可笑しい。
結局、俺が持たされていた荷物のほとんどは、俺のために買ってくれた物だと後から判明する。
だから、どちらがいいと思うかといちいち俺に質問していたのだ。
サイズが合っているか怪しいものだし、趣味に合わなかったら誰かにあげてしまっていいと、沢山の服や靴、音楽CDやゲーム、それから彼がムキになって取ったUOFキャッチャーの景品などを空港で別れる際に渡してくれた。
「楽しいことが他人と分かち合えるように、苦しいこともまた分け合うことができるから。一人で抱え込むなよ? ホラ、よく言うじゃん。二人いれば、良いことは倍。嫌なことは1/2って。お得だろ? また、いつでも遊びに来いよ。……待ってるから」
もう自分には誰もいないのだと思い込んでいた俺に、「待っている」。
この言葉がどれほど俺の心を救ってくれたか。
どこまでも優しい笑顔に、感傷を揺さぶられた俺は思わず声を上げて泣いた。
そんな俺をやんわりと抱きしめて、背中をさすってくれる。
その大きな手の温かさ。
(抱きしめてもらったのは嬉しいけど……アレは失態だったな。……まぁ、今更か)
みっともない姿をさらしたくないのに、彼の前では何度もやらかしている。
一番辛いときにそっと傍らに来てくれるから。
大きな戦いが終わる都度、会いに行き、そして思う存分、彼の胸で泣き腫らす。
そして俺は前を向く勇気を取り戻す。
(早く、あの人と同等になりたい。能力的にも地位的にも精神的にも。今までのみっともない姿を全部まとめて清算して、余りあるくらいに強く成長して、堂々と隣に立ちたい。……それで……いつか、あの人に……)