我輩は、猫のぬいぐるみである。
名前はサガニャンであーる♪
ミロちゃんの大☆親☆友……なのであるッ!
今日も5歳のミロちゃんは、誇らしげに我輩を連れて歩いている。
触り心地抜群! ちょっと色褪せてしまったが青い毛並みが自慢のモッフモフぬいぐるみ!
子供を夢中にさせるなんてワケないさ!!
「サッガニャン、サッガニャン♪ カッワイイぞ~♪ サッガニャン、サッガニャン、モッフモフ~♪」
ミロちゃんは我輩のテーマソングを即興で作ってはゴキゲンに歌い、仲良しのカミュくんのおうちを目指した。
モッフモフ~♪……のところで何故か立ち止まってお尻を振るから、なかなか目指すほーべーQには辿り着かない。
ミロちゃんは何をしていても楽しそうである。
クネクネ謎の踊りを混ぜながら、ようやくシュラお兄ちゃん(8歳)のいる、まかつQに到着。
そしたら、カミュくんの方もミロちゃんのところに遊びに行くつもりだったらしく、シュラ君のおうちの真ん中でばったり会った。
「カミュ!」
「ミロ!」
「会いたかったぞ!!」
「うむ! 私もだ!!」
二人は互いに駆け寄って、ひしと抱き合った。
……我輩を真ん中に挟んだ形で。
く、苦しい……
まるで久しぶりに会うように熱烈歓迎の二人だが、昨日も一昨日も一緒に遊んでたよねぇ?
我輩と同じ感想を持ったらしいシュラ君が、そんな二人をしらけた顔で見つめている。
「……オマエラ。毎日そうやってて、よく飽きないな」
二人はシュラ君を見返して、同時に小首をかしげる。
「いや。いいよ、いい。深く考えなくて。どっかで遊んで来い」
言われて二人はまた同時に頷いた。
「カミュ、そろそろサガニャンうらまやしくなった?」
「いや。全然」
「そんなことはなかろう。本当は絶対、うらまやしいハズだ」
「サガニャンはともかく、よくサガの財布から経費をひねり出すことができたものだ。そこは感心する」
シュラ君に追い出された二人は、若干かみ合っていないような会話をしながら階段を下りる。
「一体、どのような交渉を行ったのだ?」
「コーショーってナニ?」
カミュくんはミロちゃんと同い年とは思えないくらい、難しい言葉を知っている。
知っているけど……
「えと……んと……こ、交渉は……………………交渉だ」
知ってるけど、他人にそれを説明するのはやっぱりまだ苦手みたいだ。
「うん、そうか。カミュは難しい言葉を知っているのだな」
ミロちゃんは深く追求せずにカミュくんを褒めた。
わかってないのにわかったような顔をして。
「どのようにしてサガに買ってもらったのだ?」
「んーと、最初は猫飼っていい? ってゆったら、ダメって言うから、ダダこねてそこらを転げ回って泣いてジタバタしたら、じゃあぬいぐるみならいいよってなった」
「ほほぅ。さすがはミロ! 初めに大きな条件を突きつけておいて、その後、小さくした条件でそれを飲ますとは……交渉術を心得ているな」
「えへへっ。それほどでもっ♪ ……ところでコーショージュツってナニ?」
「うむ。私もゼヒ真似てみよう!」
「サガニャン買ってもらうの?」
「いや。そんなキモイ猫ぐるみなどではない! 私は立体パズル的な物が欲しいのだ」
「ふーん?」
そういえばカミュくんは、通販雑誌で人体模型にご執心だったな。
立体パズル的な物ってひょっとして、アレのことか?
どっちがキモイっちゅーねん!
我輩は可愛らしいモッフモフのぬいぐるみであるのに、あんな不気味なモノと一緒にしないでいただきたい。
誕生日が近いカミュくんは意気揚々と財政難にあるサガお兄ちゃん(13歳)の財布に会いに行った。
ミロちゃんも一緒に。
「サガ!」
「お? 二人そろって、どこに行くんだい?」
この12Qで一番おっきい年長さんのサガお兄ちゃんは、優しい笑顔で小さな来訪者を迎えてくれた。
カミュくんはいきなりサガお兄ちゃんの前ででんぐり返しを披露する。
……一体、何をやっているのだろう?
ミロちゃんに輪をかけて、カミュくんの行動は謎である。
目の前ででんぐり返しを見せられたサガお兄ちゃんはポカンとしている。
何度かでんぐり返しをして、その度にチラリ、チラリとサガお兄ちゃんを見るカミュくん。
そのうちカミュくんは、側転やら宙返り、果ては見事なムーンサルトまで決めてみせる。
すごい幼児だ!!
サガお兄ちゃんは目をぱちくりさせていたが、何か言いたげにカミュくんがいちいち見るものだから、気がついたように拍手を送ってあげた。
ミロちゃんもそれに習って、手を叩く。
けれどカミュくんは不満顔。
そこで我輩は気がついた。
ミロちゃんがダダをこねて転げ回ったというのをなにやら酷いカンチガイで受け止めたのではあるまいか!?
ダ、ダメだ、それでは通じぬぞ、カミュくんっ!!
肝心の希望をサガお兄ちゃんに伝えてないじゃないか!!
しかし気がつかないカミュくんは、今度は足をドタバタし始める。
恐らくこの行動は、ミロちゃんが泣いてジタバタしたら……と言った部分に相当するに違いない。
「ど、どうした、カミュ? おしっこか?」
もちろん、サガお兄ちゃんに通じるわけもなく……
「むぅ。そうではないのだ、サガよ」
「いや、我慢しないで行ってきなさい」
「ち、違うっ。違うのだっ」
「もうすぐ6歳になるんだから、おもらししたら恥ずかしいぞ?」
「そうではないっ」
カミュ君の奇行が示す意味を汲み取った我輩だが、いかんせん、我輩はしゃべることなどできない、ただのぬいぐるみ! 口添えしてやることができないのである!
だが我輩の気持ちが通じたのか、ミロちゃんが気づいてアドバイスした。
「カミュ! 欲しいの言ってないから、サガわかんないよ」
「……!! そ、そうか、さすがはミロ!」
…………カミュくんは賢いのかそうでないのか、ちょっと難しい子だ。
「サガよ!」
「うん?」
「貴方の言うとおり、私は数日後に6歳だ!」
「そうだな。だからちゃんとトイレに……」
5歳が疑われる話っぷりのカミュくんをサガお兄ちゃんがトイレに連行しようと抱き上げた。
「そこで欲しい物がある!」
「ん?」
「臓物をバラバラにできる人体が欲しいのだ!!」
「……ぞ……ぞうも……つ!?」
ビックリしたお兄ちゃんが、思わずカミュ君を落してしまう。
尻餅をついたカミュくんは立ち上がって、「うむ」と元気よく頷いた。
……最初は大きい条件を……って……
人体そのものを欲しいって言ったらダメだよ、カミュくん……
ホラ、サガお兄ちゃん、凍り付いちゃった。
「カ……カミュ? 一体、何を……」
「だから。誕生日にバラバラの人体が欲しいと」
ダメっ! それ、ダメだからっ!!
ミロちゃんも鼻をほじってないで、なんかフォローしてあげないとっ!
「ダメに決まっているだろう! ホラー映画でも見たのか? なんだってそんな……」
「ダメか?」
「当たり前だっ!」
「では、人体模型を買って欲しい」
……ほっ。
ようやく、本命を口にしたか。
ハラハラさせてくれるな、ミロちゃんのお友達は。
ね、ミロちゃ……って、ああっ!? 鼻クソ、食べちゃらめぇ~っ!!!!
サガお兄ちゃんっ!! ミロちゃんがハナクソこねこねして、あ~んしようとしてますよっ!!!
「!? あっ! そこっ! 食べないっ!! バッチィから拭き拭きしなさいっ!!」
間一髪。
気づいたお兄ちゃんが光速ですっ飛んできて、ミロちゃんの手首を押さえた。
ハンカチで指をふき取られたミロちゃんは、ホゲ~とお兄ちゃんを見上げている。
……サガお兄ちゃんも大変である。
「あのね、カミュはね。じんたいもけえが欲しいんだって。コーショージツで大きいこと言った後に小さいこと言うといいらしいよ。知ってた、サガ?」
「……コーショージツ? ……ああ、交渉術か。……って、それは私の受け売りではないか」
サガお兄ちゃんが呆れたように肩をすくめた。
なるほど、やけに子供らしからぬ言葉を連発していると思ったら、お兄ちゃんの真似だったんだね、カミュくん。
……言葉の意味するところを理解して真似してくるのだから、十分スゴイ幼児なんだけど……
もっとイイところで使おうよ。
臓物がどうのじゃなくて……
「つまり、カミュは人体模型が本命なのだな?」
カミュくんが頷くとお兄ちゃんは「マジよかった」と小さく呟いた。
「ナントカレンジャーとかじゃなくて、何だって人体模型なんか……まぁいい。じゃあ、そうしようか?」
「うむっ♪」
「やったな、カミュ!!」
「うむっ!!」
二人は大喜びで跳ね回る。
一件落着である。
よかったな、カミュくん。
■□■
2月7日。
彼はやってきた。
その名も……
「サガに買ってもらったから、人体模型ジェミニくんだ!!」
「わぁ! よかったな、カミュ! じゃあ、早速、サガニャンとお人形ゴッコしようぜっ♪」
……我輩に、トモダチができた。
全裸で身体が縦に半分シースルー?で、中身(臓器)が取り外したりできる人形。
買ってくれたサガお兄ちゃんの星座からとって「ジェミニくん」と名づけられた。
大きさは50cmほど。
我輩より40cmばかり小さいが、値段はジェミニくんの方が遥かに張る。
「聖域に盾突く反逆者として、サガニャン! キサマを処分する!!」
「なにょー!? ジェミニくん! キサマこそ、教皇の名を語り、聖域を我が物としようとする真の邪悪ではないかっ!」
カミュくんとミロちゃんのお人形ゴッコは大抵、物騒である。
もうちょっと可愛い内容でお願いしたいものだと常々思うものである。
……ところで。
「えっ!? ジェミニくんってつけたのか!? なんでまた……」
「サガが買ってくれたから」
「いや……もっと……こう……別の名前にしない? なんか……イヤなんだが……」
サガお兄ちゃんは、ジェミニくんの名前が気に入らないらしい。
[おしまい]