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星の墓場

星矢再熱。腐です。逃げて! もはや脳内病気の残念賞。お友達募集中(∀`*ゞ)エヘヘ

そして、彼は笑う~「ソレ」は闇に潜むもの。

そう。俺は大丈夫。
何があっても大丈夫。一人で対処できる。
だって、しっかりしてて、強いんだから。
世の中、冷静に対処さえできれば、大抵のことは大したことがないんだって、先生がゆってた。
だけど、どうしてかわからないけど、時々、とても苦しくなるんだよ。
喉に何かが詰まったみたいになって、息を上手く吸えなくなる。
飲み込もうとしても、吐き出そうとしても、それは喉の奥に引っかかったまま。
苦しくて、苦しくて。
溺れちゃうって、怖くなるときが、あるんだ。
こんなときはどうしたらいいんだろう。


 ……大変。
 夜中に目を覚ましたら、隣に眠っていたはずの新人がいない。
 また脱走だ。

「先生、起きて! 先生! カミュ先生!! いないよ、また!」

 なんて迷惑なヤツだろう。
 子供がシベリアの氷原に夜中出て行くなんて、自殺行為だ。
 そのくらいのこともわからないなんて、バカだ。ほんとにバカ。

「なに? またか」

 先生は跳ね起きて壁にかけてあるコートを羽織った。

「気づいたのは?」
「今!」
「トイ……」
「トイレも他の部屋も確認済みです」
 壁にかけてある懐中電灯をとって、先生に投げる。

「さすがに手際が良いな、助かる」

 前にも2回、こんなことがあった。
 さすがに慣れもする。
 2回とも、すぐに無事で発見されたからいいけど、今夜は……

「私は探してくるから、お前はここにいなさい。戻ってきても責めるんじゃないぞ」
「わかってる」

 ドアを破壊しそうな勢いで先生が飛び出していって、後姿は即座に闇に飲まれて消えた。
 ザシザシと硬い足音だけがその存在を教えている。
 やがて足音すらなくなると怖いくらいの静寂がねっとりとまとわりついてきた。
 何か得体の知れないものが家に忍び込んでくるのを想像して、あわてて扉を閉めた。

 (……真っ暗)

 外からの侵入を防いでも、本当は無駄なんだ。
 俺が一人になると、ソレは決まって形の定まらない、あやふやな姿を現す。
 部屋の隅に、棚の後ろに、開きかけの室内ドアの隙間に。
 視界の端に見えることが多くて、正体を見極めてやろうとそっちに向けて目を凝らすと途端に見えなくなる。
 別の物を見ながら、視界の中にそいつを収めるとなんとなく、見えるんだ。
 今はソレが床にうずくまって、こちらをじっと窺っているように感じる。
 怖いと思ったら、ダメなんだ。
 こちらが隙を見せるとそいつは急に大きく育つ。
 それでもっと近づいてくるから。
 ソレは明るくてやかましいのがキライなんだ。
 だって昼間はほとんど見かけないし、誰かといるとぱたりと姿を見せなくなる。
 だから俺は明かりを点けて、歌を歌った。
 歌いながら、湯を沸かす。
 体が大きくて年も上のクセに毎日泣いてばかりいる弟弟子が帰ってきたら、まずは温かいココアでも飲ませてやろうと思って。
 湯を沸かしていれば、室内も暖まるし一石二鳥ってやつだ。
 俺ってばあったまいい♪
 アイツは先生に手を引かれながら、きっとブルブル凍えて帰ってくる。
 そういうときは、温かくて甘いココアがいいんじゃないかと思うんだ。
 きっと、すぐに体も温まる。
 


 キチ……キチキチ……



 わ。ソレが今、なんか言った。
 俺は驚いて身を堅くする。
 時々、ソレは鳴くんだ。
 夜とか、しーんって音がないときに限って急に鳴くから、どきどきしてしまう。

「……おっ、お前にはやらないんだからっ」

 俺は、ランプの明かりが届かない、部屋の隅に蠢くソレに向かって怒鳴った。
 怖いものか。
 怖くなんかないぞ、お前なんか。
 おっ、俺は将来、聖闘士になるんだからっ!
 今、ちゃんと修行してるんだから、お前なんかに絶対、負けないからなっ。

「コレは、違うのっ! お前のじゃないんだから、こっち来たらダメッ」

 するとほんの少し、ソレが揺らめいた気がした。
 おや? 反応したぞ。
 ……わかったのかな。
 俺の言うこと。

「コレは、寒い寒いって言って帰ってくる二人のためのものなんだからな」

 試しにもう一度言ってみたら、やっぱり動いた気がした。
 もしかして、ちゃんと言葉が通じているの?

「…………。でも…………お前も隅っこで寒いかもだから……ちょっとだけなら、あげてもいいよ?」

 なんだろう?
 怒鳴ってしまってちょっと、可哀相だったかな。
 もしかして、俺とトモダチになりたかったのかもしれない。
 そういえば、じっと様子を伺っている割に何かされたことは今まで一度もない。
 なのに嫌ってばかりいて、悪かったかな?
 しゃがんでじーっとソレがいた所を見ていたら、目をそらしていないのに、暗い中に塊が見えたような気がした。
 急に火にかけていたケトルが沸騰しましたよ、と俺を呼びつけるから驚いて小さく悲鳴を上げてしまった。
 途端にソレが見えなくなる。
「……まぁ、いいか。またそのうち見えるだろ」

 これまで何人もの子供が聖闘士になるべく連れて来られたけども、修行が厳し過ぎて、あるいは環境が厳し過ぎて皆、すぐにいなくなる。
 残っているのは、結局一番初めに連れて来られた俺だけ。
 せっかく友達ができると喜んでも、数日もしないうちにお別れ。
 あーあ、つまらないの。
 脱落した子たちは先生に連れられて、元の孤児院に戻っていく。
 聖闘士を目指そうという連中は、大抵、肉親がいないんだって。
 その方が都合がいいからだって、先生が言ってた。
 あとは両親が聖闘士だったりするエリートが多いとか。
 俺は、別に、孤児じゃない。置いていかれたわけじゃない。そのうち迎えがくるはずなんだけど、まだ今はこないから、先生のところにいるだけ。
 ……ウソじゃないよ。本当だよ。
 それに俺までいなくなったら、先生が一人ぼっちになっちゃう。
 可哀想でしょ? ねっ。だから、ここにいるだけなの。
 俺は心の中でソレに話しかけながら、そぉ~っと忍び足で廊下に続く出入り口に近づき、ココアを淹れたマグカップを床に置いた。
 俺はしゃがんでじぃっと明かりの無い廊下を見た。

「これ、お前にもあげるよ。……おいで?」

 恐る恐る、真っ暗闇に声を掛けてみた。
 ……んふー、んふー。
 ふー。んふー……。
 ちょっと怖くて、ちょっと楽しくてドキドキする。
 なんだか緊張して、鼻息がおっきくなった。
 よつんばになって床に置いたマグカップを覗き込み、ココアが減ったかどうか確認してみる。
 んー……よくわからないな。
 今度は短い廊下に顔だけ出して闇に目を凝らす。

「……どこにいるの?」

 小さく呼びかけたが、ソレの気配はあちこちにあって結局どこにいるのかわからない。
 廊下のすぐそこは俺と弟弟子のベッドがある部屋。
 だけど今は怖くて行かれない。
 友達になるんだから、怖くないけど、まだ友達になれてないから、やっぱりちょっと怖い。

「先生……まだ帰ってこないな」

 ずいぶん経った気がして、柱時計に目をやったけど、まだ先生が出て行って30分しか経ってなかった。
 まだ見つからないのかな?
 早くしてよ、先生。
 ……やっぱり、独りは嫌だな。
 このまま二人が戻ってこなかったらどうしよう?
 お母さんがおりこうで待っててねって言うから1年以上、ずっと待ってるのに、先生も帰ってこなくなったら、今度はどこで待っていればいいのかな。
 ちゃんといつもおりこうにしているのに。
 もっとおりこうじゃないといけないのかな。

「そうだ。早く二人が帰るように、お祈りをしよう! ……ねぇ。トモダチになってあげるから、一緒にお祈りして?」

 暗い所のあらゆるところから、俺を見ているソレに話しかけて、目を閉じた。





 
 しっかりしなさい。
 我慢できるわね。
 守ってあげなさい。
 お兄ちゃんでしょ。
 解ってあげなさい。
 もう大きいのだから、独りでも大丈夫ね。
 お前は強い子だもの。
 独りで何でもできるわ。
 お返事は? 「はい」でしょ? お前は「はい」と言っていればいいの。






 ギッ、ギッ……


 あれ……誰?
 またアレが鳴いてる?
 ……違うな。
 アレの気配が全然なくなってる。
 隠れちゃった。
 別の人が来たから、隠れちゃったんだ。
 ぼやんとまとまらないことを考えて、ハッとなった。
 いつの間にか眠ってしまったみたい。
 上半身を起こしたら、先生が帰ってきていた。
 今のは床を踏む音だったのか。
 先生は最初に着ていたコートに何か大きなものを包んで抱いていた。

「アイザック! 床なんかで寝ないで、ちゃんとベッドに行きなさい」

 目が合ったら、厳しい声で叱られた。
 コッ、コワイ。
 床に置いていたマグカップに気づかなかった先生がそれを蹴飛ばしてしまい、中身がぶちまけられた。
 舌打ちをした先生は、珍しく怒鳴った。

「何遊んでいるんだ!? 変な物をこんなところに置くんじゃない! ちゃんと片づけとけっ!!」

 甘い匂いが充満する中で、今日の先生は苦くて辛い。
 こんな先生は初めてだったので、とても怖かった。
 返事をしようとしたけど、喉に石がつかえてしまって、声が出なかった。
 俺はいつでも、「はい」と言えばいいのに。
 暖かい部屋の中なのに、指先が冷たくなっていく。
 どうしよう、嫌われちゃったのかな。
 明かりのない廊下を歩いて、先生は自分の部屋に引っ込んでしまった。
 先生はいつも静かな人であんなおっきい音を立てて歩いたりはしない。
 それにドアもあんな乱暴に閉めたりしない。
 あともう一つ、気になったことがある。
 先生は、一人で帰ってきた。

(一人で……)

 俺はすっかり冷めてしまった三人分のココアとアレのために床に置いていた来客用のカップを流しに持っていき、中身を捨てた。

(あの包みだ。あのコートの中に……が入っている。……きっと)

 オエェッ!!
 コートの中身を想像したら、急にムカムカと気持ちが悪くなって、床に吐いた。
 変な音がする。シー……って鳴ってる。
 グルグルする。
 そしたら、またソレらが大勢で、いっぱいで、あちこちにある暗い所から、そんな俺を見に集まってきた。
 心配してくれているの? 大丈夫だよ。
 これはときどきなるんだ。
 でもこうしてしばらく我慢しているとウソみたいに治ってしまうから、心配はいらないの。
 ただ、息が苦しいな。溺れちゃったみたいに苦しい。
 俺は自分の吐き戻したものと床に広がったココアを雑巾でふき取って、きれいきれいにする。
 それから、そっと暗い廊下を壁伝いに歩いて、自分の部屋に戻った。
 うがいはしたけど、まだ喉がいがいがするなーとか思いながら。

「……先生、可哀想だね」
(きっと、泣いてる)

「明日、よいこよいこしてあげよう」
(先生は大きいから、悲しくなっても誰もよいこよいこしてもらえないから、俺がしてあげるんだ)

 布団に潜って、どこかにいるはずのソレに話しかけたけど、返事はなかった。
 隣のベッドを見るとまるで人がまだ入っているみたいに布団が丸く盛り上がっていた。
 中身は空洞だけど、今夜はそのままにしておこうと思った。
 もしかしたらひょっとして、朝になったら「おはよう」って弟弟子が顔を出すかもしれないから。
 今夜のことは、ただの悪い夢に変わっているかもしれない。
 空洞の中を覗いてしまったら、きっとそれは叶わなくなる。
 だから、空洞の中に誰もいないことを知らないことにしなきゃいけない。



■□■
 今日は、遠くの大きな町に買出しにいく特別な日。
 結局、空洞から弟弟子が出てくることはなくて、代わりの聖闘士候補生が送られてくることもなく、またしばらく二人だけの生活に戻っていた。
 先生は大きいので、ついていくのはちょっと大変だ。
 でも俺が遅れてくると振り返って止まってくれる。
 それがとても嬉しい。
 だけどそれに甘えちゃダメだ。
 ちゃんとついて行かなくては。
 呆れられたら大変。
 隣を若いお母さんと手を繋ぐ女の子が通り過ぎた。
 俺は……
 自分の手を見て、先生の手を見た。
 俺も……先生の手を握って歩いたらダメかな。
 甘えてるって思われちゃうかな。
 ダメな子と思われちゃうかな。
 そっと先生の手を握ろうと手を伸ばしたけど、やっぱりやめにする。
 両手をこすり合わせてポケットに突っ込んだ。



甘えないの! しっかりしなさい!



 そのとき、どこかで女の人の声がした。
 ドキリとして反射的に振り返ったら、俺くらいの男の子が転んで泣いていて、そのお母さんらしき人が手を差し伸べながら言っていた。
 俺は、なんだかよくわからないけど、急に息が上手くできなくなった。
 時々、息の吸い方を忘れてしまうんだ。
 苦しい……

「アイザック、最近お前……何ゴッコをしているんだ?」

 頭上から先生に話しかけられて、俺は喉を掻き毟るのをやめた。

「……どうした?」
「ううん。セーターがちょっとかゆかっただけ」
「なんだ、そうか」

 頷いてから、先生は足を止めて俺に向き直った。

「その……もう一度聞くが、お前、最近、何ゴッコして遊んでるんだ? もし良ければ、私も知りたいのだが」
「何ゴッコ?」
「……誰かと話しているみたい……に……見える、から……」

 ああ、アレのコトか。

「ゴッコじゃないです。トモダチになったんです」
「……誰と」

 先生はしゃがんで俺の目線に合わせてきた。
 こんなことはとても珍しい。
 どうしたんだろう。
 ちょっと怖い目をしているみたい? 気のせいかな。

「うーん。誰って……そういえば名前がなかったなぁ」

 ソレとかアレとかお前とか、そんなんで呼んでいるだけだ。

「そっか。名前つけてあげないとかな」

 そう言うと先生は何故か俺の頭をなでてくれた。
 急になんだろう。
 恥ずかしい。
 でも。
 嬉しい。
 へへっ。

「……アイザック。そのトモダチに名前をつけるのはやめにしておこうか」
「どうしてですか?」
「名前をつけると……あ、いや……本当の名前があるかもしれないのに、勝手な名前をつけたら失礼だろう」
「……ううん、そっか」

 言われてみればそうかもしれない。

「アイザック」
「はい」
「……寂しいのか?」
「なんで?」
「弟弟子……せっかく出来たのに、その……帰ってしまったものな」

 先生は俺から目を逸らした。
 弟弟子は、おうちに帰ったとあの日の翌日に聞かされた。
 でも、俺は知ってる。
 あのコートの中身。
 次の日に先生によいこよいこしたら、泣いちゃったから。
 でも、先生が帰っちゃったっていうなら、そうなんだ。
 俺は、「はい」と言えばいい。

「でも大丈夫。先生がいるし、それにアレとトモダチになったから」
「いや、そのトモダチは……」
「恥ずかしがりだから、あんまり出てこないかもだけど、今度、先生にも紹介するよ!」
「…………そうか。うん、仲良くなれるといいけどな、私も」

 今日の先生は変なことを聞いてくる。
 それに行動も変だった。
 玩具売り場の前を通ったら、ケースに飾ってあった大きなシロクマのヌイグルミがあって。
 とてもふわふわで可愛くて、つい俺が釘付けになっていたとき。

「それが欲しいのか?」
「うっ……ううんっ。ぜんぜん見てただけですっ」

 玩具が欲しいなんて、コドモの言うことだ。
 俺はもう7歳だし、コドモではないので、興味がないと言った……のに。

「わぁ……かわいい……」

 俺は俺の背の半分以上もありそうな、大きくて白いモフモフを思い切り抱きしめた。

「……そうか。新しいお友達だから大事にするんだぞ」
「はいっ!」

 ……買ってもらってしまった。
 こんなこと初めてだったから、すごくすごく嬉しかった。

(でも……高くなかったかな……?)

 ちょっと値段が心配になった。
 この日は帰りも特別だった。
 先生が手を繋いで帰ろうと言ってくれたんだ。
 まぁ、先生がお店の中で迷子になっちゃうからいけないんだけどねっ。
 俺がちょっと余所見してる間に先生がいなくなっちゃったんだ。
 もう。大きいのにしょーがない人なんだからっ。
 いくら探してもいないから、お店の人にお願いしたんだ。
 迷子になっちゃったカミュ先生を放送で呼んで下さいって。
 放送してもらったらすぐに先生がすっ飛んできた。
 きっと、迷子になって心細かったに違いない。

「先生、ドコ行ってたんだよぅ! 心配したんだから、バカァ!!」

 俺は先生に飛びついて、ぽかぽかと叩いた。

「コッ、コラッ! あの放送はなんだ、あれではまるで私が迷子ではないかっ」
「先生が迷子になったんだろっ! ちゃんとついてこなきゃダメじゃん、バカバカ!! うわぁんっ」
「私が迷子っておま……っ。お前が急にいなくなるから……いや、いい。……帰るか」

 俺はちょっと泣いてしまったけど、これは先生がいけないのだ。
 先生が迷子になるから、心配して泣いてあげただけなので、俺が弱虫なわけではない。
 だんじて。
 先生はお店の人にお礼を言って、俺の手を繋いできた。

「迷子になんないように?」
「……そうだ」
「今度、どっか行ったらいけないから?」
「ああ」
「しょうがないなぁ、先生は」
「……そうだな」

 先生が笑った。
 弟弟子が亡くなってから数ヶ月経って、ようやく先生が笑ってくれたから、俺もとても嬉しかった。
 握った手を何度も確認して、気持ちが浮き立った。
 そういえば、いつの間にか喉のつっかえが取れている。
 いつもこうなんだ。
 急につっかかって、息の仕方を忘れて……気がつくと戻ってる。
 でもまた思いも寄らないときに引っかかるんだよな。
 あれは何なんだろう。



■□■



 俺はシロクマにカミュって名前をつけた。
 先生が猛反対したけど、これは俺のシロクマさんなのだから、好きに名前をつけるのだ。
 訓練以外の時間はずっと[カミュ]と一緒にいた。
 食事のときは空いている隣の席に座らせ、夜の空いた時間はソファで本を読む先生の横で[カミュ]に絵本を読んで聞かせた。
 もちろん、寝るときも一緒だ。
 [カミュ]は大人しくてお利口で可愛くて良いやつだ。
 訓練で外にいるときはベッドに寝かせておくので、寂しがっていないか心配になるけど、戻るときちんとお行儀よく待っていてくれる。

「アイザック」
「はい」
「例のトモダチというのは、今もいるのか?」
「……え?」

 ああ、そういえば。
 どうしたのかな?
 ここのところ、全然見かけない。
 俺が[カミュ]とばかり遊んでいるから、悲しくなって出ていっちゃったのかな。
 しまった。どうしよう。
 [カミュ]を紹介して、三人で遊べばよかった。

「探さないでいい、アイザック。あの……あのな、お前の言う“ソレ”は、本当はいないモノなんだ」
「ちゃんといるよ。まだ先生が見てないだけで。暗い所にしかいないから見えづらくて……それに恥ずかしがりや屋さんだし」
「“シロクマのカミュさん”がいるからもういいだろう?」
「ううん。カミュはカミュで、アレはアレだから」

 誰がいるから、誰がいらないとかじゃないんだよ。

「……ハァ。どう言ったらいいかな……ソレっていうのは、いないんだ。錯覚なんだよ、アイザック」
「います。先生見てないからそんなことを言うんだ」
「一人でいるときにしか見えないのは、お前が暗いところが怖いから、そんな想像から出たもので、トモダチだと思ってしまったのは、お前が寂しかったからだ。でもシロクマくんも来たし、もう寂しくないだろう? お前にはもう不要になったから、見えなくなったんだ」

 そんなことない! いらなくなんてないんだから!!
 先生も見ればきっとわかってくれる!
 俺はそれから毎日、探したけど、もう「ソレ」は姿を現してくれなくなった。
 [カミュ]とばかり遊んでたから、俺に嫌われたと思ったかもしれない。
 そんなことないのに。
 それとも俺のこと、嫌いになっちゃったかな。
 でもそっちのがまだいい。
 俺に嫌われたって思って(そうじゃないのに)、寂しくなってどこかで泣いていたら、もっと悲しいから。
 いらなくないよ、出ておいで?
 いらなくないよ、こっちおいで?



 ……翌年、新しい弟弟子がやってきた。
 俺と同い年の、青い眼と金の髪の男の子。
 そして[ソレ]は、あれっきり、見えることはなくなってしまった。
 俺が、シベリアの海に消えるそのときまで。




[終 了]
 

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