早朝から、老師こと天秤座の黄金聖闘士・ライブラの童虎様が私の宮の出入り口付近で何かを探しているようだった。
「おや、老師。おはようございます。何か探し物ですか?」
老眼鏡かな?
眼鏡なら頭の上に……などとお約束を言いたいところだが、今の老師は老師にあらず。
中身はともかく、外見上は18歳の老師……言うなれば若師?なのである。
「おお。良い所に来てくれた。ムウよ。ワシのアレを見かけなかったか?」
「アレ……といいますと?」
「アレじゃ、アレ」
「……はぁ」
……脳みそもちゃんと若くなっているのでしょうね?!
アレだのソレだのと連呼する老師に、私は少々心配になった。
「あの~……久しぶりにシオンと戦ってヤンチャしちゃったときに脱いだアレじゃよ」
「ヤ……ヤンチャ……ですか」
「お。おお、思い出したぞ。……ワシの皮!」
……エ?!
今、なんと?
「確かこの辺で脱いだ記憶が……」
「あ、あの……ソレをどうしてお探しに?」
怖くなったが、聞かないままというのもまた怖い。
恐る恐る尋ねると……
「ふむ。着ようと思ってな」
バッ……バカなっ!?
ちらと過ったありえない想像を打ち消したのに、そのまさかの展開!?
「な、何故またそんな……」
「だって、いくら肉体的にはほんの少ししか日数経ってなくても、実際には261年生きておるワケだしのぅ」
「は、はぁ」
「やはりじじぃはじじぃらしくせんと」
「しかしせっかく若々しい肉体になったのに、わざわざご老人に戻ることもないのではありませんか?」
私の師などは、ムウなんぞより2つもぴっちぴちじゃーい☆などと大はしゃぎで激烈ウザったいというのに。
何がぴっちぴちだ、早よ死ねわ、ボケじじぃ。
サガを唆して暗殺させたろかいっ!?
比べて老師はなんとも欲のない……。
これほどの人格者の弟子となれたは紫龍、貴方は幸せ者ですね。
「小さいおじぃたんだと、春麗やおにゃのこたちが優しくしてくれるのじゃ!」
……!!
な、なにぃ!?
「ちょっと咳をしただけで、心配してくれるし、いいぞぅ、老人はっ♪」
………………紫龍よ。
先ほどの言葉は撤回させていただきます。
「よろけたフリして抱きついて、お尻をなでたとしても、も~、おじいちゃんったらぁ~で済むしの。この姿でそれをやった日には痴漢のレッテルを貼られるわい」
貼られるわいって……レッテルだけで済むと思いますな。
即、警察屋さんに連行ですよ、老師。
だいたい、ジジィだとしてもそれはセクハラであり、痴漢です。
痴漢、ダメ、絶対。
「まぁ、お前さんは女湯に紛れて侵入したとしても、バレないからそれで済むかもしれないがワシはそうはいかん」
……私だって、そうはいきませんよ。
こんな180以上でガタイのイイ女性がいるワケないでしょ。
いくら黄金の中ではやや上背がない方といっても、アイオリアと比べたって3cmしか差がないんですからね。
紛れて女湯に入っても許されるのは、他の子たちと一緒でほんの子供のときくらいなものです。
実際は我が師シオンと風呂に入っていたから、女湯になんて足を踏み入れたこともない。
ちょっと行って中の様子がどうだったか報告せよと師から命ぜられたことはありましたが、実行しませんでしたし!!
今やっていいのなら、喜んでやりますけどねっ!!
……ごほんっ。
じゃなくて……
「その……老師の脱皮したものでしたら、今、我が師シオンが使用中です」
「なんと!? ワシに化けるつもりか!?」
……140くらいの皮に185もある我が師が入るか!
140から170に伸びたのが脱皮して出てくるのも十分不可能だと思うが……
「違いますよ、老師。シオン様は老師の皮に綿とそば殻を入れて抱き枕として使用しております」
「な、なんとっ!?」
はぁ~、もう、ウチの師匠もこのクサレ老人も突っ込みどころが多すぎてとても追いつけませんよ。
どうして朝っぱらから、こんなに精神疲労しなければならないのですか。
私、何も悪いことしてないのにぃ。
紫龍、このモーロクジジィを早く連れに来てくれませんかね?
「ワシに返すよう、ムウから頼んではくれんか」
「……エエ?! 私がですか? 嫌ですよ、アレを師はいたく気に入っていますから、私がちょっとでも洗濯しようと触ろうものなら、お叱りがとんできます。ご自分で直接、交渉して下さい。きっと老師ならば話を聞くでしょう」
「何故、ワシの抜け殻なぞ抱き枕に……」
「さ、さぁ……」
童虎の匂いがする♪とか言って、毎日スーハースーハー嗅ぎまくっているとか、話しかけて一緒にねんねしているとか……チュッチュしまくってるとか……
そんなこと……このムウ、口が裂けても言えますまいっ!!
ったくもう! 私は絶対にあんな老人にはなりませんからねっ!
つつましく、膝に猫を乗せてお茶を飲みながらシャカやアルデバランと囲碁でも打って暮らしますっ!!
「仕方ない。自分で行ってくるか」
「……そうして下さると助かります」
「おぉ~い、シオーン。ワシじゃ~あ。邪魔するぞ」
白羊宮に入ってゆく老師を見送って、私も追って中に戻り、自分と貴鬼の荷物を手早くまとめる。
「貴鬼、起きなさい。ジャミールに戻りますよ」
「え~? まだ眠いですよぉ~。シオン様はぁ?」
「いいんです。貴方の傍に置いておくようなジジィじゃないんだから。ホラ早く」
師からの悪影響を避けるため、貴鬼を連れて白羊宮を出ることにした。
白羊宮の守護は師がやればいい。
だいたい、これまでもほとんど放ったらかしにしていたんだから、今更どうでもいいや。
それより私の大事な貴鬼の安全が一番です!
[おしまい]