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星の墓場

星矢再熱。腐です。逃げて! もはや脳内病気の残念賞。お友達募集中(∀`*ゞ)エヘヘ

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「ソレ」は闇に潜む獣:4

(そうだ。此処を……海界を守らなくては)

 迷いや恐れを払うように、頭を振った。
もしかしたら、やっぱり自分は“クラーケン”などではないのかもしれない。
 やっぱり人違いで、此処も自分がいていい場所ではないかもしれない。
 だとしても、カノンの野望を知っているのが自分しかいない以上、取るべき行動は決まっている。

(それに、カーサがひょっとしたら気づき始めているのかも)

 できれば穏便に済ませたい。
 何事もなかったように。
 今ならまだ間に合うのではないか。
 真相を知ったカーサとカノンが激突してしまう前に。
 あるいは海将軍全員にカノンが撲殺されてしまう前に。

(……もう一度……カノンと話してみよう)

 逃げ回っていても事態は解決しない。


 意を決して、赴いた海龍神殿。

「ほーう? よく来たな、これまた一人で。あれだけ痛めつけられておいて、懲りなかったのか?」
「それ以上近づくな! 用件は短い」
 俺は前にも増して扉にピッタリと背をつけて、ノブからも手を放さなかった。
 もう夜中に訪れるなんて危険は冒さない。
 太陽の力が及ばない海界だが、昼間はそれなりに明るい。
 此処では朝昼夜の区切りが曖昧だが、時間に従って住人は行動していた。
 今は昼時。誰もが活動中である。
 これならば逃げるのも助けを呼ぶのも容易な……ハズ。
「カーサが……アンタを怪しんでいる」
「……なんと?」
「あの人は鋭い。気をつけろ」
「んん?」

 俺が忠告をするとヤツは意外そうな表情で眉を片方引き上げた。

「まだ真相までたどり着いているとは思えないが……かといって、邪魔だからカーサをどうにかしようなんて考えるなよ! この変態っ!! もしアンタが変なコトしようってんなら、俺にだって考えがあるんだからなっ!!」

 びしっと指を突きつける。

「へ……ヘンタ……!? ……いや……カーサ相手なんてこっちこそ願い下げなんだが……。俺だって選ぶ権利はあるんだぞ」
「信用できるか! 俺とカーサの何が違う!?」
「…………自分とヤツを同列に置けるお前がビックリだわ。お前、鏡を見たことあるか?」
「ナニィ!? 馬鹿にすんなっ!!」
「何怒ってんだ、褒めてやってんだろが。言葉通じてんのか?」

 いくら貧乏ったって、ウチに鏡くらいあったわ!と叫びかけて、我に返った。
 ……おっといけない。当初の目的を忘れるところだったぜ。

「とにかくっ! もう怪しまれているんだ、そろそろ潮時じゃないのか? いくらアンタでも海将軍5人相手じゃ敵うまい」
「……五人……ね」

 カノンは口の中で呟いて、裏に何かありそうな笑みを浮かべた。

「お前は一体、どっちの味方なんだ、クラーケン?」
「どっち……って」
「海界にとっても聖域にとっても、俺は危険な存在だ。ならば、俺のところになんか報告に来ないで、海将軍に伝えたらそれで終わるではないか」
「……それではアンタが……粛清されてしまう」
「……ふぅん? つまりお前は俺にも死んで欲しくないわけだ?」

 相手の手が伸びてきて、恐れを抱いた俺は咄嗟に眼を閉じた。

「おーやおや。そんなにビビッているのに、なぁぜかなっと」

 手は、髪に指を通しただけですぐに引っ込められたので、俺も恐る恐る瞼を上げた。

「心身ともに俺に傷つけられて、なお、逃亡のチャンスを与えるとは、ね。どうした風の吹き回しだか。それとも? また何か企んでいるのかな、策士さんは」
「……別に策士なんかじゃないし、企んでもいない。俺の目的はこないだと変わりない」

 俺だってよくよく考えて行動を起こしているんだ。
 俺を受け入れて可愛がってくれる海界の人たちと。
 親兄弟と呼べる師と弟弟子のいる地上と。
 ……命の恩人であるこの人と。
  冷静に、冷静に。
 師が教えてくれた通りに、何が最善か、どうしたらより良い結果に近づけるのか。いつだって考えている。
 俺は海界と地上で争って欲しくない。
 そしてこの人が罪人として粛清されるのも避けたい。

(だって……)

 たぶん、この人は根っからの悪人じゃないと思うから。
 こんなことを口にしたら、自分は悪人だって言い張って、また激昂するだろうから言わないけど。
 あんなに夜にうなされて、手を握ると安心した顔をする人が、ただの悪人であるはずがない。
 それに俺が海魔人神殿で一人ぽつんとベッドの端に座っていて、いつの間にか眠ってしまったとき、ちゃんと真ん中に寝かし毛布をかけてくれたのは、他の誰でない、この人だった。
 残った小宇宙の種類で判別したのだから、間違いない。

(……怖くなど無い。恐れるに足らず。この人は悪くない)

 キッと瞳を上げて、カノンの目を見据えた。
 本当にこの人が求めているのは、世界の支配権などではないはずなのだ。

(きっと……)

 “誰かに、認められたい”その一心だ。

「カノン」
「んー?」
「世界征服なんて大したことないよ。やめて別のことをしよう?」
「……ブッ!」

 真剣に言ったのに、カノンは噴出して笑い出してしまった。

「せっ、世界征服が大したことないって……どんだけスケールデカイんだよ、お前っ」
「だって世界征服して何が面白いのかわかんねーもん。お菓子食べ放題になるとか?」
「お、お菓子!? ちっさ!! いきなりスケールしぼんだッ!!!」

 くっ。バカにしやがって。

「世界を手に入れたら、政治家として民族問題、飢饉、災害……色んなことから人々を守らなきゃいけないんだぞ?! そんなの忙しくなるだけで全然…………あっ、そうか。わかったぞ、カノン! アンタ、皆を守るために……!!」

 そ、そうか。全然気がつかなかった。
  すごいな、カノン……! 俺はいたく感動した。

「んなわけないだろ。お前の脳内はお花畑か?!」

 笑いを引っ込めたカノンが俺の額を指ではじく。

「世界平和に貢献したいヤツが正解征服だとか口にするかボケ。人々を俺の足元に傅かせるだけよ」
「そんだけ?!」
「他に何がある? お前の言う、お菓子食べ放題もあながち間違いではないな」
「うぐ……くそぅ。感心した俺がバカだった!」
「……お前は賢いのかアホなのかわからん奴だな……」

 おのれ。俺の感動と感心を返せっ!

「頼む。カノン、一緒に地上に戻ろう」
「結局、またそれか。こないだ俺にされたことをもう忘れたのか?」

 鬱陶しげにカノンは大袈裟に肩をすくめて見せる。

「わっ、忘れてなんか……」
「なら、俺に惚れたか?」
「……んなワケあるか、このっ……ウンコッコ星人!!」
「…………うん……こ……」

 何が惚れた、だ!
 そのニヤケた顔を引っ込めろ!!
 俺は考えうる限りの最大の悪口をクールに放ってやった。
 ざまぁみろ!

「俺は海界と地上が戦争になるのは嫌だ! けど……」
「けど?」
「けど…………アンタが…………」

 取り返しのつかない罪に墜ちてゆくのも嫌だ。
 そして粛清されてしまうのも嫌だ。
 生きていて欲しい。
 そして人並みの幸せを手に入れて欲しい。
 それだけの力があるのだから。
 何も全てに背を向けることはないんだ。
 でも、そんなこと訴えても通用しない。
 どうしたら……

 「そうだ! 地上に出てから一緒に考えよう! これからどうするかとか……あっ、そうだ。一緒に暮らすのは? きっと世界制服より全然楽しい!」
「一緒に……暮らす……?」
「そう。寒いし何もないトコだけど……俺の他にカミュ……あっ、師匠と弟弟子の氷河がいるけど、カノンが一匹増えたところできっと何とか…………」

 これは名案! とばかりに顔を上げたら、間近にカノンの顔が迫ってきてて超ビックリした。

「この俺が、そんなぬるい暮らしで満足するとでも?」

 返答する前に唇がふさがれる。
 ヤバイ! またこないだと同じになる!?
 テンパッた頭で、後ろで握りしめていたドアノブを押すと扉が開いた。
 当たり前だが、背をもたれていたものがなくなって……


  ……ゴンッ。
 

 「あがっ!?」
 驚き過ぎて、思考が止まってしまったのだから仕方がない。
 そのまま後ろに倒れて、頭を打ち付けて失神とか…………
 ……仕方ないっ!
 師のようにいついかなるときでもクールというにはまだほど遠いようである。



■□■



 男である自分が、武術を叩き込まれている自分が、腕ずくで犯されるなど想像したこともなかった。

「はっ……はっ……」

 ……なぜか。
 何故か今もこうして裸体の男の膝の上に乗せられて、身体を揺すっている。

(も、何やってんだか……)

 身につけているのは、前がはだけたの薄いシャツ1枚のみ。
 下からの衝撃に耐えて歯を食いしばる。
 カノンを説得に単身、海龍神殿に赴いたあの恐怖と恥辱の一夜。
 テーブルの上に乗せられて、陵辱された。
 その後、再び話し合いの場を設けたがしくじり、退路を確保したはいいが、滑って転んで……まさかの失神。
 目覚めたら裸で他人のベッドの中。
 その後は、なし崩しというべきか……神殿に来るよう言いつけられるままに、現在のこの状況。
 事が事だけに誰に相談するわけにもいかず、性処理道具として言いなりになっている自分が信じられなかった。
 ただ、俺が抵抗しないせいだとは思うけれど、一番最初にほぼ暴力によって身をつなげられた以降は、そう乱暴にされることはなかった。
 ソッチ方面の知識なんかほぼないに等しい俺は、キスなんて唇を重ねるっていうだけのぼんやりとしたイメージしか持ってなかったのに。
 幼い頃、母親や6歳違いの兄のような師に、いわゆる、おやすみなさいのキスを額にされたことがあるだけで、それ以外にしたこともなかったのに。
 なのに……。

(初めての相手が倍の年齢の男だなんて……)

 舌を入れる生々しいキスがあるなんて知らなかったし、それ以外にも沢山の種類のキスがあるなんてことも知らなかった。
 キスですらそんな状態だから、他の事だって当然知るはずもない。
 相手のその……中心の部分を口に含むだとか、舌を動かすように教え込まれたり……とか……どんどんイケナイことばかりを覚えてゆく。

(こんなん……カミュや氷河に顔向けできないよ)

 もし地上に戻ったとしても、恥ずかしくて、とてもじゃないがまともに顔を合わせる自信がない。
 ここ海底神殿内においても他の人にいつかバレるのではないかと気が気ではなかった。
 そんな俺の心配もよそに相手の男……カノンは、今の行為が初めてかどうかを確認してきては楽しそうに意地悪く笑う。

「ククッ、俺も初めてだぞ。未成年の、少年を犯すのは」

 キスすら初めてなんだから、そこから先は全部初に決まっているじゃないか。
 いちいち確認されるのも恥ずかしくてたまらない。

(改めて俺の口から言わせなくたってわかっているくせに)

 身体にはいつも噛み跡とキスのために出来た鬱血の跡が残っていた。

「俺が前につけた跡、まだ消えてなかったのか。ははっ。お前はホントに肌が弱いな。真っ白だから目立つ」

 愉快そうに言ってはまた胸に吸い付いてくる。
 前のものが治りかけても新たにできるから、この身体にはカノンのつけた印がないときがない。
 口付けの後、口内に溜まった相手の唾液や相手のモノを含んだときに口内に吐き出された体液。それらをどうしたらいいのか迷っていたら、飲み込めと言われた。
 下からも注がれて、体内がカノンでいっぱいだ。

(内側から侵略されている気分になる……)

 あれだけカノンという男を恐れていたのにも関わらず、こうして繋がっているといつも最後には頭ン中がホワイトアウト。
 これ以上が他にあろうかというほど気持ちがイイ。
 蕩けておかしくなってしまう。
 カノンに対する感情が徐々に恐怖でなくなり、拒む理由が指の間からこぼれ出ていってしまう。
 むしろ初めから、神殿に来るよう言いつけられても無視すればいいだけの話だったのだ。

(違う。カノンとの話し合いを、もう一度……)

 泣きたいわけではないのに、視界が涙で歪む。
 行為の最中、相手にしがみついた自分が、何を口走ったか記憶にないのが恐ろしい。

(頼むから、変なコト、言わないでくれ)

 自分が自分でなくなっていく感覚。
 これまで見知っていた自分が壊れていくような焦燥感。
 精神まで蝕まれていくようだ。
 隠れて悪いことをしているみたいで酷く後ろめたい。
 今までずっと「清廉潔白」でいることを心がけてきたのに、この体たらく……

(何とか……何とかしなきゃ……早くカノンともう一度、話してみないといけないのに……)

 折を見て海界から手を引くように説得するつもりだったが、未だそのチャンスに恵まれず。
 いや、好機がないのではなく、俺にその余裕がないだけか。

「おっやぁ? 今度はどんなワルいコト企んでいるのかな? まだずいぶん余裕がありそうじゃないか」
「わっ、悪いことなんて企んでないっ!!」

 俺が少しでも気をそらすとこうやって上に圧し掛かりながら、威圧する。

「そういう悪いコにはお仕置きが必要だな」

 シーツの上にうつ伏せで押さえつけられて、腰だけを浮かされる。

「なっ!? さっき終わったんじゃないのかよっ!?」
「だから、お仕置きだって」

 思考が中途半端のまま強引に散らされてしまう。
 こんな状態で考えろというのが無理だ。
 まさか思考を見抜いているわけじゃないだろうに。
 どうしていつもっ、こんな……っ。

「やっ、あっ……あっ……」

 後ろから激しく突かれると嫌だと思っていても妄りがましい声が漏れてしまう。
 シーツを握り締めて、やがて来る波に備えた。



「あれ? アイザック、最近……少し大人びた?」

 ……えっ。
 あるとき、すれ違ったソレントに言われてギクリとした。

(お……オトナびたって……ウ、ウソ、そういうのって外からわかるものなのか!?)

 だいぶ年の離れた男と度々、背徳的な行為に耽っている俺は非常に焦った。
 他の人ならこんなにうろたえなかったかもしれないが、とにかく俺は無知だ。
 いくら計算が速いとカミュに褒められたって、語学に強いと言われたって、世の中の一般常識とやらには酷く疎かった。
 たまに物資調達のために町や村に下りる以外、師と弟弟子以外に人間がいないのだから、。こればかりは無理もない
 どうしよう、どうしよう。
 固まっていたら、イオまでやってきてしまった。

「あ、俺も思ってた。背ぇ伸びたよな、ザック」

 ……背?

「でしょう? もしかして、カーサ追い抜いたんじゃないかなって」

 ソレントが俺の頭に手を乗せてイオを見た。

「…………そう? 背、伸びた? 俺?」

 彼らが気づいたのは、心配していたような内容ではなく…………




「カノン!」

 何故だろう。
 カーサを捕まえて背比べをした後、俺は海龍神殿に向かって走っていた。

「俺、背ぇ伸びたって! カーサより大きくなった!!」
「……ほーう?」

 無遠慮にノックもしないで扉を開け放つと、無駄に長い足を組んで本を読んでいたカノンが顔を上げる。

「じゃ、俺のおかげだな」
「…………なんで?」

 きょとんとした俺にヤツが言う。

「俺が夜な夜な栄養を挿れてやったからだ」

 え……そ、そうなの?
 マジで? ウソ……そうなの?! そーゆーモンなの?!
 あーゆーコトすると背が伸びるのか?!

(ひ……氷河はこのこと……知ってるのかな……)

 はわわ。知らなかった。
 すると別れた時点では俺より氷河のが1cmばかり大きかったけど、今はきっと俺のがいっぱい伸びたハズ!

「…………まさか、今、本気にした?」

 俺が黙って考え込むと、眉をひそめてカノンが本を閉じた。

「……えっ? ……あっ……し…………してない」
「いや、今、顔がキョドってた」
「いいや! 本気になんてしてませんっ!! 俺はちゃんと嘘だってわかってましたァっ! そんなの本気にするワケねーじゃん!! バカじゃねーのっ!? ばーか、ばーかっ!!」

 くそぅ、まただまされたのかっ!!!
  コイツは……コイツに限らないけどっ!
 七将軍の連中は何かというと俺を騙して喜ぶ。
 こっちがちょっと常識不足だからって! まったく、皆そろって嫌な性格してるなっ!!

「アハハハッ! お前は面白いな、相変わらず」
「うるさいっ! 喰らえ、コノヤロウ!!」
「ギャアア!!?」

 此処で新たに身につけた技・オーロラボレアリスを見舞ってやった。
 せっかく背が伸びたって喜んでいたのに、超気分台無しっ!
 サイアク! こんなヤツのトコに来なきゃ良かった!!

「お、おま……っ、俺を氷漬けに……てか、この部屋どうすんだよ!?」
「知るかっ!!」

 いつからとかどうしてとか、明確にはわからないけれど、カノンに対する恐れはなりを潜め、元の関係に戻りつつあった。
 元……というのは、少々御幣があるかもしれないが、つまり、仲違いみたいのが修復された、という意味で。
 ロープが繋がっているわけでもないのに、また俺は海龍神殿で朝を迎えることが多くなっていた。
 そしてやはりカノンは何かにうなされる。
 前と同じように、俺は頭を撫でてそっと囁く。
 大丈夫だよ、ここにいるよ、と。

「お前が前に指摘したように、俺は双子だ。光と闇に別れた、元は一つの星よ」

 腕枕をしてくれているカノンが天井を見つめながら口にした。
 カノンの兄はサガといい(これはもう知っていたけど)、神の化身とも呼ばれた清らかな心の持ち主だったらしい。
 比べてカノンは悪事ばかりを好む、悪魔の申し子と称されていた。
 どういった事情からかはわからないそうだが、双子であるカノンの存在は生れ落ちたそのときより、秘密裏にされたという。
 光り輝く表舞台を堂々と登ってゆく兄に対して、弟は影に隠れて自分の存在を誰にも明かせないまま幼少期を過ごす。

(どうして……そんな惨いこと……)

 カノンが俺をクラーケンではなく、アイザックと呼ぶようになってから、時々、こうして自分のことを語ってくれるようになった。
 同じくらいの子供たちが聖域で訓練をし、隙を見つけては子供らしい遊びに興じているのに、カノンはたった一人。
 ただ独りで……きっと、外の子達の真似をして遊んだりしていたのだろう。

(そんなの……切な過ぎる……)

 自由に出かけることもできず、日の光を浴びて野原を駆け回ることも許されず。
 兄が夜には戻ってきて、弟の相手をするにしても……それだけで収まるわけがない。
 あまりに不遇な、彼の境遇と幼い心がいかに傷ついていたかを想像したら、不覚にも涙が出てきた。
 だって、完全なる存在否定じゃないか、それは。
 在るのに無いと言われる者の苦しみを、誰がわかってやれるだろう。
 厳しくも優しい師と兄弟同然の弟弟子に囲まれ、幸福に育った俺では無理だ。
 理解なんて到底及ばない。
 理解者がいなければ、ずっとこの人は孤独のまま。

(そんなの、嫌だ……)

「……ばっか、ナニ泣いてんだよ。こんなの、単なる昔話だろが」
「……うぐ……な、泣いてなんかないっ」
「ハッ、またそれか。素直じゃねーな」

 彼を悪事を好む悪魔に仕立て上げたのは、一体、誰だと言うのだ。
 そんな扱い受けていなければ、この人は罪に手を染めなかったハズ。
 聖闘士を恨むのも無理はない。
 誰も、誰一人、自分を省みてくれない。
 同じ顔をした者が周囲に賞賛を浴びているというのに、同じ力を持ちながら、誰も称えてくれないなんて。
  暗闇に閉じ込められて育てば、誰でも一匹の黒い醜悪な獣となろう。

「……よしよし」
「ん?」
「よしよし」
「……オイ……なんだ、そりゃ?」
「可哀想なカノンくんに、ヨシヨシ」
「……俺を何歳だと思っている」

 何だかたまらなくなって、頭をクシャクシャしてやった。
 カノンは呆れた顔をしただけでそのまま大人しく俺に撫でられていた。
 ……可哀相だと思った。
 半分の歳の俺が言ったらおかしいのかもしれないけど………………愛しい、と思った。
 俺はこの人の何か役に立てるだろうか。
 海界を争いに巻き込まないために近づいたというのに、俺はそれを……忘れたわけではなかったが、放り出して…………しまった。
 この人が、自分の人生を、自尊心を取り戻すにはどうしたらいいだろう?
 もう、日々、考えるのはそれだけになっていった。
 海界と地上の……二つの世界の神と人々に崇められれば満足するのかその渇きは?

(そんなハズ……ない)

 そんなちっぽけなことで叶うわけがない。
 きっともっともっと乾いてしまうに違いないんだ。
 カノン、アンタが望んでいるのは、世界だとか神だとか……そんなどうでもいいモンじゃないのに。なんで解ってくれないんだ。
 俺が、もっとオトナだったら……この人と同等だったら……
 例えこの人が倒れそうになっても、支えてあげられるだけの力があったなら……
 きっと俺を頼ってもらえたのに。
 そしたら、俺が言うことにももっと真面目に取り合ってもらえたのに。
 今のままでは、本当にただの子供の戯言としてしか認識してもらえない。

(早く成長する方法はないのかな?)

 氷河は大人になんかなりたくないって言っていたけど……俺は昔から、子供は嫌いだった。
 子供でいいことなんか1つもありはしないじゃないか。
 誰かに頼っていないと生きてゆけないなんて。なんと惰弱な。
 俺は、誰にも拠らず、一人でも何でも出来るようになりたかった。
 甘えなくても寂しさなんか感じなくて、誰もいなくても平気で、何も怖くないと思えるほどの力と強い精神力が欲しかった。
 そう、例えばクラーケンのような強大な力と非常さ。
 あれを身につけることが出来れば……
 守られる側の者でなく、誰かを何かを守る側に回れる。
 子供であることを理由に弱さを認めたくない。

「……悔しいよ、俺……」

 撫でられているうちに眠ってしまったカノンの額にそっと口付ける。


 要らなくないよ。
 要らなくならないよ。
 独りじゃないよ。
 側に、いるよ。
 だから悲しまないで、泣かないで。


「貴方が俺の味方でなくとも……俺は貴方の味方でいる。例え貴方が俺を見限っても、俺は貴方を裏切ったりしない。……絶対に。約束する、心配しないで」

 俺は、このときから心を凍らせた。
 安っぽく俺が掲げた正義なんて知らない。
 今日から俺はこの人の全てを肯定する。
 子供じみた世界征服にも付き合う。
 あれだけ敬愛した師や仲の良かった弟弟子に未練がないといえば嘘になるけど……でも……

(我が師カミュ……申し訳ございません。……俺は……きっと、敵としてあなた方の前に立つことになる……。海闘士……いや、海将軍として。クラーケンのアイザックとして)

 誰にも省みられることなく闇に生きた男のために、命をかける者が一人くらい、いてもいいはずだ。
 ……こうして俺は、他に代わりのいない、ただ一人のために、多くの好きな人たちを裏切り、血を流させる。
 そして居場所を与えてくれた海底神殿を崩壊に導くのだ。



 闇に潜む獣は、果たして誰なのか……



[終 了] 

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