とあるちょっとした事件を起こして、私は聖域から東シベリアに左遷された。
当時、12歳。世間で言うところの小学校6年生だ。
「……アイザックです。6さいです。よろしくおねがいします」
お行儀良くご挨拶する幼児。
ナニこのイキモノ。
何頭身?
ちっさ。
しかも柔らかそう。
こんなの聖闘士に仕立てろって……
「……む、無理です……」
12歳の私に6歳の幼児を育てろ、と?
気が遠くなりかけた。
「やる前から、無理と言うな」
3つ年上の先輩シュラが腕を組んで偉そうに胸を反り返らせながら言った。
「ではアンタがやってみてくれ」
「俺ができるワケないだろう!」
「私だってできんわっ!!」
幼児は不安げに私たちを交互に見つめている。
「だいたい、お前が……強か……ごほん……馬鹿げた犯罪をしでかすからこのようなことになる」
「説教は沢山だ。私は悪いとは思っておらん」
「……いい加減にしなさい、いくつだお前は」
「じゅーにっ」
やけくそになって頬を膨らませる。
「マセ過ぎだ、このエロガキが」
頭上にゲンコツを落とされて、目の前に星が散った。
星が砕ける様が見える……!
「う、お。これがシュラ必殺の……ギャラクシアンエクス……」
「それはサガだ、馬鹿者め」
頭にクソがつきそうなほど、真面目な表情を崩さず、先輩はピシャリと言い捨てた。
「とにかく、しばらくは聖域……ことに十二宮には近づかないこと! シベリアの氷で色ボケた頭でも冷やしておくんだな」
……チッ。教皇のヤツ。余計なことを……
「ったく、たかが12歳で性犯罪者か。将来が思いやられるな」
何が犯罪なものか。
ちょっと実験したいから協力して欲しいとちゃんと断って承諾済みなのだから、裁かれる謂れはない。
それに私だけが一方的に断罪されるのも納得いかない。
だからといって、友であるミロが同じように罰を受ければいいというのではないが。
「ミロはなんと言っている?」
「まだ伝えていない。任務でしばらく戻ってこないと言ってあるだけだ」
未遂で終わって無念だ。
オトナの行為をミロで試してみたかったのに。
「いつになったら戻れるのだ?」
「さあな。教皇は酷くお怒りだ。数年は覚悟しておけ。……報告には年に数回程度、来てもらうことになるだろうが」
「数年!? ……その間にミロは私を忘れないだろうか」
彼と出会って以来、こんなに離れるのは初めてだ。
アイツは犬畜生のように誰にでも懐くから心配である。
「むしろお前がいっぺん忘れろ。……悪いことは言わんから」
ゲンナリした表情でシュラが私の肩に手を置いた。
「他の子と……特にアイオリアとあんまり仲良くしないようにちゃんと見張っておいていただきたい」
そうでなくともアイオリアはミロと幼馴染で元から仲が良い。
加えて、兄のアイオロスの事件があってからミロはアイオリアのことばかり気にするようになってしまったのだ。
少々、目に余る。
「………………カミュ」
「なんだ」
「お前がそんなだから、引き離されたのがわからないのか?」
「わからん。何故だ。何が悪い?」
ヒドイではないか。
私には友と呼べる者が他にいないのに。
私には一人しかいないのだから、ミロも私とだけいるべきなのだ。
他に親しくする必要があろうか?
「シュラとてデスマスクやアフロディーテと仲良しさんではないか」
「どこが仲良しサンだ。アレはただの腐れ縁だ。そもそもお前のような……常識を軽くナナメ上に逸脱した付き合いなどした覚えがない」
「……ヘタレ」
瞬間、またしても私の頭上に星が砕け散る。
「何故、すぐ殴る!? 乱暴者っ!」
「とにかくっ! お前が修行したこの地で、今一度、修行し直せ! 今度はもう一人、聖闘士を育て上げるという修行だ。その間にきっとその子がお前をマトモな人間にしてくれるだろう。困ったら俺かお前の師にでも頼れ。連絡はまたいずれする。ではな」
シュラは幼児を私に預けて無常にも立ち去ってしまった。
おのれ。
私が育てるのが修行と言うのは理解したが、何故、私がこの幼児なんかにマトモ矯正されなければならんのだ。
私は初めからマトモだ。
「……えと……なんだっけ? 名前……」
ちらりと遥か下にある頭を見下げた。
「……アイザックです」
おお、しゃべった。人形みたいなのがしゃべってる……!
「……私は、カミュだ」
大丈夫か、コレ?
なんだかすぐ死んでしまいそうに見えるのだが、このイキモノ。
だが我々世代の黄金は、10歳以下でその地位を確立している。
稀なことだとだと聞いているが、稀が10人近くもいればさほど珍しくないような気がしないでもない。
しかし……
「アイザック」
「はい……わっ!?」
私は幼児を抱き上げて、軽く揺すってみた。
やはり小さい、柔らかい、軽い。
揺すられるままに短い手足が抵抗もなくぷらぷらしているぞ。
なんて頼りないのだ。
……こんなのが、聖闘士になるのか?
私たちは6年前、こんなだったのだろうか?
にわかには信じがたい。
「よいか。ここに送られてくると言うことは、どうせ家族などいまいが……。これまでの生活は綺麗さっぱり忘れることだ。今後、一切の甘えは禁ずる。何故なら私は子供が苦手だ。子供のわけのわからん主張も嫌いだし、我を無理に通そうと泣きながら甲高い奇声を発してのた打ち回る醜い姿も好きになれん」
幼児を下ろして、ついてくるよう促す。
師と短い間暮らしたボロ小屋に戻るためだ。
「そうそう。勝手に逃げ出そうとするなよ? ……死ぬからな」
言って振り返ったら、もういないしっ!!
ああっ! だからコドモというのはっ!!
どこに行ったのかと思えば、短い足でまだ行進中であった。
……なんだ、ちゃんとついてこようとしていたのか……
私は自身の足を見下ろした。
そういえば私は、仲間内でも少々成長が早い方だった。
成長が遅く、とても同い年には見えない友人ミロと歩いていても気がつけば置いていってしまうことがある。
「ふむ。これは仕方ないな」
黙って幼児がたどりつくのを待つことにした。
雪の斜面をモッタモッタ、ヨッタヨッタ……あ、転びそう。
転びそう……ああ、持ちこたえた。
頭が大きいからいけないのだぞ。
その頭がなんだかフラフラしているし。しっかり固定しとけ。
重心を上手くとるのだ、幼児よ。
ああ、ホラ、転んだ。
……泣くか? 泣くのか?
「む。立った。……よし」
幼児はなんとか立ち上がり、またヨロヨロ歩き出す。
何度も転がり、何度も立ち上がって、私のところまでたどり着くまでどのくらいの時間を要したか。
(なんだか……超一生懸命だ……)
すでに私のことは見えておらず、頭をたれて足元だけに意識を集中している。
「あっ、うっ」
またつんのめって、ゴールである私の足に顔を突っ込んできた。
(何ィ!? なんだこのイキモノ! 予想外に健気でカワイイではないかっ!!)
「よく頑張ったぞ、アイザックよ!! エライなぁ!! よし、私と帰るぞ。お前と私の新しいボロ小屋へ!!」
もういいや。
初対面から厳しくしなくったって。
すぐ泣くそこらの子供と違って、扱いやすそうだし。
今日くらいはいいではないか!
それに。
それにだ。
なんて温かくてすべすべで柔らかいのだ!
私はアイザックを抱き上げて、頬ずりをした。
なんだか良い匂いまでする。
4歳と14歳で生きていこうと思った。
かつて十二宮を欝の領域に巻き込んだ、某国の某アニメーション映画のキャッチフレーズをふと思い出してしまった。
何故かこのタイミングで。
皆でTVの前で正座し、誰もが顔面洪水になった戦争孤児アニメ……!
あのデスマスクでさえも陥落した伝説の物語!!
「ア、 アイザック。いくつだっけ?」
「6さい」
…………うおぉ。
6歳と12歳で生きていこうと思った。
頭の中で、某セータと某セツコが私とアイザックに重なる。
い、いかん、いかん!
この想像は洒落にならない!!
頭を振って死亡フラグ妄想を追い払う。
「だ、大丈夫だぞ、アイザック! ちゃんとこのカミュが守ってくれるわっ!! 私はセータよりずっと頼りになるからな! ドロップの缶などいくらでもくれてやる。安心していいぞっ」
「……? はいっ」
遠慮がちにアイザックが笑った。
おおっ。なんてエンジェル!! コドモのクセに可愛いとは何事だ!? これは革命だ!! くそぅ、このセツコめ! いや、某森の中に昔から住んでるもののけアニメに出てくるメイ? メイか? メイちゃんなのか!?
よし、このアクエリアス・サツキ兄さんが全力をもってお前を守り育てると誓おう!
結局、私は妹……ではなく、弟のようなアイザックを背負って二度と帰るものかと思っていたボロ小屋に戻ってきた。
「ついたぞ、アイザック。ここが私とお前の……アイザック?」
そうとう緊張し疲れていたに違いない。
いつの間にか私の背で眠ってしまっていたアイザックをそっとソファの上に下ろした。
ぷっくりした頬をつついてみたが、起きる様子がない。
うーん。コドモめ! 幼児め!!
このカミュのハートを一撃で射抜くとは……恐ろしい子!
「もはやお前に打ち抜かれ過ぎて蜂の巣だぞ。どうしてくれる、このやろう♪」
別に聖闘士にならなくても、私と一緒に家族として平和に暮らせばよくね?
だってほら、こんなにフニフニしているのだぞ?
また頬をつつく。
まぁ、一応、私がやったのと同じメニューはやらせるけど。
いや……そうだな。あまり甘やかせて他の候補生に劣るとなると子のこの評価がな。
うん。そうだ。最強にしてやろう。
他の候補生など足元に及ばないくらいに。
誰もがこの子に一目置く。
ふむ。そうしよう。
嫌で嫌で仕方なかった左遷先の任務。
どうやら楽しくなりそうである。
考えながら、私もソファにもたれてウトウトし始めた。
■□■
「……候補生、3名追加だ、カミュ」
くらり。
眩暈がした。
新たに3名、私の元に追加されたのは、アイザックとの生活が慣れてきた半年後。
「思ったより、お前が上手くやっているようだからと教皇が」
私と聖域をつなぐ連絡係のシュラがやってきて、しれっと言い放った。
「この中の一人でも聖闘士になれれば、もうけものと思って頑張るのだな」
「う……うむ。いい。わかった」
「ん? 今度はいやに素直だな」
「アイザックのおかげで子供に慣れたのだ。3人くらい増えてもどうということはない」
「ほう? それは大きな前進だな、カミュ」
フッ。あの口うるさいシュラが感心しているようだな。
「子供がいかに天使できゃわたんだということがわかったのでな」
「き……きゃわ……?! ……まぁいい。お前の思考回路をたどると俺までおかしくなる。お前の殊勝な態度と人間としての大幅な成長ぶりは上にきちんと報告しておいてやろう。……きゃわたんはともかく」
今度の私は一味違う。
余裕の態度でシュラを見送り、新たな私の天使たちを迎えた。
の、だ、が。
……………………。
「ママー!! ママァー!!」
「先生、おしっこー」
「だっこしてー」
「うんち出ちゃった……」
「オマエ、変な眉毛~! ふたつに分かれてる~」
「帰りたい、帰りたいぃ~!!」
「アレ買って買って買ってぇぇぇ!!!」
「アイツが僕のことぶったぁ~!!」
「怖いよ怖いよ」
「うぎゃあぁんっ!!」
……甘かった……!
うおお、ギャーピーギャーピーと殺人的な騒音が……!
私が話している声など聞こえやしない。
彼らが来て一週間。早くもダウンしそうな私。
そうだ、思い出した。ガキとは元来、こういう低脳なイキモノではなかったか!?
おのれ、悪魔の申し子たちめっ!!
あっ!? コラ、ソコッ! 鼻をほじるな!! そして食うなっ!!
ええーい、もうっ!!
「てんてー、キレちゃダメ、かみゅてんてー! この子たちはまだきたばっかりだから、しかたないよ」
うかつだった。
アイザックの性格が単に大人しかっただけだったのか!
一発目に当たりクジを引いたから、ちょっといい気になっていたようだ。
しかしアイザックが予想外にオトナでお兄さんな対応をとっている以上、私がそれ以下に成り下がるわけにはいかない……!
私は常に尊敬される完璧な存在でなければならぬのだから!
今にして思えば、シュラが言っていたのはこういうことだったのかもしれない。
人間としての成長。
私は今、試されているに違いない。
本当の戦いはこれからだ!
アクエリアス・カミュ先生の次回作にご期待下さい!!
―完―(全盛期ジャンプ打ち切り風)