「サガ、ネコ飼っていい?」
「ダメ」
「猫飼いたい!」
「……ダメ」
「じゃあ、犬っ!! おっきいやつっ」
「もっとダメ」
「う~っ!! おーねーがーいー!!」
「だーめっ」
大股で歩く私を追ってちょこまかと小走りにちまいのがついてきた。
私の服を小さい手がちょんとつかんで、訴える様が必死で可愛らしい。
……が!
ダメなものはダメッ!
「なぁんでぇ?!」
「こないだも言っただろう? 十二宮じゃどこに行くかわからないし、お世話できないだろ、ミロは」
「できるっ!」
「生き物は飽きたからってポイしちゃダメなんだぞ?」
「ポイしないっ!! 絶対しないっ!! いっぱいいっぱい可愛がるッ!!」
「あんまり可愛がり過ぎても小さい生き物は死んじゃうんだぞ?」
6歳のやんちゃざかりだから、もう何をするかわからない。
この子はこだわりタイプだから、飽きて投げ出すということはそうそうないのだが、生き物殺害率は決して低くはない。
悪気はなく、本人としては可愛がった結果なので、いつも泣いて大騒ぎだ。
カブトムシの幼虫もカワイイカワイイと(私には気色悪いイモムシにしか見えないが)いじりすぎて殺してしまったばかりだし、捕まえたトガケも一緒に風呂に入って、ゆでてしまった。金魚も餌をやりすぎて死なせてしまったし、ハムスターもだっこ(?)して寝たらしく、翌朝……いや、もはや何も言うまい。
いつでも私が一緒にいてやれるわけではないし、生き物を与えるのはせめてもう少し大きくなってからでないと。
そうでなくとも十二宮は要塞だ。
戦場になるのが前提の場所で生き物を飼うなどあまり好ましいことではない。
(……それ以前にシオン様に禁じられているしな)
「だいじょーぶっ! 今度はへーきっ!! ねぇ、お願い、サァガァ」
「メッ!」
「メじゃないっ!!」
「ダメッたらダァメッ」
「ダメじゃないっ!!」
口を3の字にして短い足を踏み鳴らす姿に思わず噴出してしまいそうになる。
しかしここで甘い顔をしては、……負ける!
「ミロにはニャンコちゃんのぬいぐるみ買ってやったろ?」
「だって、しゃべってくれないんだもん」
「猫だってしゃべらないよ」
「ニャーンって言って動くもん。スリスリしてくれるしあったかいもん」
「ぬいぐるみは飽きちゃったのか?」
「そうじゃないけどっ!」
「ホラ、ニャンコちゃん、引きずられているぞ? 痛い痛いって言ってる」
彼が常に連れ歩いている、薄汚れた猫のぬいぐるみがまた地面についている。
私とのネコネコ戦争が勃発した去年。
ぬいぐるみを買い与えることでごまかしたのだ。
以来、その大きなぬいぐるみを手放すことはないのだが、やはり本物は本物で欲しいらしい。
「はうっ!? サガニャンがっ!! すまんっ、大丈夫か! しっかりしろ、サガニャン!!」
サ……なんだって?
私はミロが店で一目ぼれした、売れ残って端に追いやられていたブッッッッッサイクなそのぬいぐるみに視線を落した。
埃にまみれて、これで売れなければ処分されてしまうのではないかと思われた、90%offのネコぬいぐるみ!!
それが私だとでもいうのか!?
強く美しく、心清らかなこのサガと似ているとでも!?
いかん、それはいかんぞ、ミロよ!!
「サガニャン……じゃない別の名前にしないか、ソレ?」
「だって、サガが買ってくれたから、サガニャン」
「いや、でも……」
すげぃ嫌だっ!!
ナニその、垂れ下がってあちこちむいたヒゲは?!
人相悪いし!!
愛らしさ、オマケしたとしても良くて20%!! しかもデブい。
「……ブッチャーとかそんな名前でよくない?」
「なんで?」
「いや……それはその……」
ブサイクでデブ。
……ブッチャーだろ、それ。
いいよ、ブッチャーで。
「何モメてんだ?」
「あっ! デッちん!」
「デスマスク……」
いいところに!
彼はミロより3つ年上のお兄さんで、8つも離れた私よりもずっと歳が近い。
上手いこと説得してくれるかもしれない。
私は早速、デスマスクと呼ばれている少年に事情を話し、助力を請う。
「ばっかだなぁ、サガちょ。ミロ黙らせるなんて簡単だろ。おばかなんだから」
「こ、こら、すぐバカとか言わないっ」
デスマスクはミロの手から小汚いブッチャ……もとい、ぬいぐるみを取り上げ、幼児に目線を合わせてしゃがむ。
そして“サガニャン”を前に押し出し、手を振らせ……
「ミロちゃん、サガニャンのこと、飽きちゃったの?」
「!!」
明らかに。
明らかにデスマスクが操っているのだが……
(ていうか、今、デスがぬいぐるみ持ってしゃがんだじゃないか。丸見えだし!!)
しかし5歳児ミロは元々大きな目をさらに大きく見開いて動揺している。
「飽きてないよっ!! 飽きてないっ!!」
「だって新しい猫欲しいんでしょ? ボクのコトなんてどうでもよくなっちゃったんだ。えーんえーんっ」
デスマスクはぬいぐるみの両手を持って、目の辺りに持っていく。
ミロはあたふたとぬいぐるみと何故か私の顔を見比べて……
「ち、ちがうよっ! サガニャンのおともだちにもなるんだよ、ネコはっ」
「サガニャン、ミロちゃんがいてくれればそれでいいよ」
「サ……サガニャンッ!!」
“サガニャン”は何も映していないつぶらな瞳から手を外したり、隠したりして“ミロちゃん”の様子を伺っている。
「他の猫を連れてくるなら、サガニャン……ミロちゃんのトコにはいられない!」
「!?」
「サガニャン、ミロちゃんのこと、大好きだけど……とっても悲しいけど……さよなら、ミロちゃん!」
「……うわぁぁぁっ!! 待って! ごめんよ、サガニャン!! 猫連れてこないから行かないでっ!! ミロもサガニャン大好きっ!! サガニャンいれば、それでいいよぅ~!!」
……泣いた。
どこからどう見てもデスマスクの演技なのに。
泣いてサガニャンに抱きついた。
どう頑張って見てもデスマスクが動かしているのに。
「ほら、簡単だろ?」
デスマスクはミロにサガニャンを返して立ち上がった。
「す、すごいな、デス」
さすが9歳!! 恥ずかしくて14歳の私には真似できん荒技だ。
照れが入ってきっと無理。
「たぶん、来年か再来年にはこの技も効かなくなるから、次の対策を今のうちに立てておいた方がいいぞ、サガちょ。聖闘士は一度見た技は通用しないっていうしな」
「……エ、あ、そう。この技も通じなくなっちゃうのか」
「もう少し大きくなったら、騙されないっしょ、さすがに」
「う、う~ん。年々手ごわくなりそうだな」
第二次ネコネコ戦争、ここに終結を見る。
[おしまい]