一年、一年、成長していく俺の体。
一年、一年、遠くなっていく、お前との年齢と身長。
一年、一年、近くなっていく、貴方との年齢と身長。
一年、一年、遠くなっていく、二人がいた幸せの日々。
俺は、今年、20歳。
兄弟同然に育ったお前は、14歳のままで時を止めてしまったのに。
強くて優しくて……清廉潔白だったお前。
俺は何一つとっても敵わなかったものだから、お前の誕生日が来る一ヶ月弱の間だけ自分の方が兄さんなんだと主張して威張ってた。
年の終わりにいつも柱に成長の記録を残した。
互いに抜いたり、抜かれたり。
いつもどっちが勝っても差は1cmで。
体重までほとんど変わりない。
まるで双子みたいだって、師が笑ったよな。
少しでも勝ちが欲しくて、無理にパンを頬張ったりして。
些細なことでも何でも競ったな。
本当にくだらない事まで、全部、全部。
でも互いの手を合わせて大きさを比べたときに、お前は残念そうに苦笑いして言ったな。
“きっと、最終的には氷河の方が大きくなっちゃうんだろうな。”
測ってもらった最後の年まで、二人の身長も体重も大差なかったけど、俺の方が骨太で手足が大きかったから。
師も「お前はあんまり大きくなりそうもないもんな」、なんて続けるものだから、自分から言い出したくせにむくれちゃって。
結局、お前はお前の生まれた国の、平均的な身長にも届かない、未完成な少年のまま成長を止めた。
永遠に。
俺のせいで海に消えた翌年、敵としてお前に再会したように、いつかまた、成長した姿で目の前に現れてくれるんじゃないかって……
待ち続けて、俺はもうすぐ20歳になってしまう。
お前が早くなりたいと言っていたオトナに、俺だけがなってしまう。
オトナになんかなりたくないって駄々をこねた、俺だけが。
お前の遺体が見つからなかったから、俺は期待を振り切れずにいたけど……明けてハタチになったら、今度こそお前をきちんと諦めるよ。
また、女々しいと叱られたくないからな。
「14……14か」
俺は冬の海を見つめて、白い息を吐き出した。
コートのポケットに突っ込んだ手が冷たい。
「14なんて……」
14なんて。
当時は自分でも意識していなかったけれど……
「全ッ然、子供じゃないか……っ!!」
夜の真っ黒な海に向かって吼える。
斬り付けるような激しい風に髪を躍らせながら。
強く優しく完璧だったと俺が記憶していた兄弟子は、きっと本当は、精一杯背伸びをした、ただの子供だったに違いない。
常に自分を厳しく律し、他人にもそれを要求したけれど、最終的には相手の弱さを寛容してくれる度量があった。
最後に1つ残ったモノは、いつだって黙ってそっと俺に譲った。
一人しかいない師に甘えることも、一つしか残らなかったお菓子も、お前が抱いて寝ていたクマのヌイグルミを俺が欲しがったときも。
俺がそうと気づかないうちに、そっと譲って自分の気持ちを抑え込む。
そう。たった一つの命すら……
お前が望んでいたものは、何だったんだろう?
自己を省みることなく、他人に与えるばかりだったお前が、水の底で手に入れたものは?
お前があれほど守りたいと願った地上を沈めようとした理由は?
その心変わりのわけはどこに? それともまた、他の誰かのため?
俺への復讐だったなんて、下手な嘘なんか通じない。
目をつぶさずに瞼だけしか傷つけなかったヤツが、そんなワケない。
身を犠牲にして俺を救ったヤツが言っても説得力ない。
純粋で優し過ぎるお前に、悪役なんか向いていなかっただろ。
白鳥座の聖衣は俺の手に。
師の今際の言葉も俺の手に。
お前の命も俺の手に。
お前はお前が望んだオトナになることすらできないで……
お前が真に希望したものは、1つでも手に入ったことがあったのか?
ふいに俺は、子供の頃に母親から聞かせてもらっていた物語を思い出していた。
理不尽で、悲しくて、大嫌いだったおとぎばなし。
いくら込められた意味を教えられても、決してめでたしとは思えなかったあの結末。
「なぁ、アイザック。俺はあと数分で、カミュに追いつくよ」
日付が変われば、ずっと俺たちが追いかけてきたカミュと同い年だ。
一年、一年、近づいて、今では背も体格もすでに抜いている。
黄金の地位も手に入れた。
俺は明日、カミュと同じところに立つ。
彼が着た水瓶座の黄金聖衣を纏って、俺はあの人の目線になり、あの人が見ていた世界を感じる。
お前が見ることの出来なかった世界を。
「……ああ、日付が変わった」
ハタチに、なった。
ちらりと腕時計を確認して、海に別れの花を投げた。
キミヲ、アキラメル。
「……さよなら、アイザック」
風の中に花びらを撒き散らし、黒い波に飲まれてあっという間に見えなくなる。
「……さよなら、幸福の王子」
さよなら、幸福だった少年の日々。
もう待たない、探さない、追いかけない。
追いついて、追い越してしまったから。
キミは“幸福の王子”。
見返り求めず他人に全てを譲り与え、無残に打ち捨てられた“幸福の王子”。
幸福の王子は、幸福な王子なんかじゃない。
だから俺は、哀し過ぎたあの物語が嫌いだった。